【書籍】ローカルに生きる ソーシャルに働く―新しい仕事を創る若者たち

「ローカルに生きる ソーシャルに働く―新しい仕事を創る若者たち」



本書紹介


<紹介の理由>

私たちは普段の生活において、自分が働く意味や生きる意味について考えをめぐらすことはあるのでしょうか。おそらく日々の生活に追われ、そのようなことを考える時間的・精神的な余裕はほとんどないように思われます。ただ、昨今の社会を見回すと、非正規労働者の増加や大企業の倒産や買収によるリストラ、そして公務員制度改革による公務員人件費の削減などを背景とした雇用の不安定化が進展しています。つまり、今まで普通と考えられてきた「高校や大学卒業後に就職し、その企業に定年退職するまで勤め続ける」という働き方は曲がり角を迎えています。もちろんそのような働き方や生き方を望み、実現させる若者もいます。しかし、その一方で、そのような従来の価値観や常識にとらわれない、自分が挑戦したいことを模索しながら、それらに取り組んでいく生き方を選択する若者も増えています。


本書は、そうした若者が自ら仕事を創り出していくことを通じて、能力を生かす場として地方や農村を描き出しています。また、本書の独自性として、地域を若者にとって「自分がしたいことと地域の課題解決の方向性をすり合わせていく、そうした社会のデザイン能力が花開く場として」(本書20頁)捉えています。すなわち、過疎や高齢化といった課題が山積みの消極的な場として捉えるのではなく、むしろそうした課題を仲間たちと解決していくプロセスの中で、「自分らしい生き方」や「何のために働くのか」という問いの答えを見出せる豊富な資源が眠る場として地域をみているところに本書のおもしろさがあります。


本書のキーワードは「自分らしい生き方」、「結び」、「農村と都市の対立を超えた関係」の3つに整理できます。以下では、この3つのキーワードに沿って、本書の内容について具体的に紹介していきます。


本書は4部構成になっており、地域で仕事を創り出し、そこで活躍する人たちが自分たちの事業を紹介するかたちで展開されます。第Ⅰ部では千葉大学の大学院生が建築系まちづくりの研究室プロジェクトとして始めた古民家のリノベーションを通じて地域との関わりや、コミュニティのあり方、そしてこれからの社会における自分たちの生き方について見つめ直しながら育っていく様子が描かれています。第2章では、研究室の卒業生である岸田氏が、プロジェクトを通じて地域と関係を築いてきた千葉県館山市に一級建築事務所あわデザインスタジオを設立する経緯が記されています。岸田氏は一度就職し、そこで大規模再開発プロジェクトに携わるものの、施設を使う人の顔が見えてこない仕事に違和感を覚え、起業を決意します。岸田氏はそこで、「最低限の生活費を手に入れながら、自分たちが主体的に手を加えられる場所を、自分たちができる範囲でデザインし、自分たちが心地よく暮らせる環境を整備し、自分たちが楽しんで暮らすことができる地域をつくっていく」(本書53頁)ことをビジネスの目的とし、活動しています。


第Ⅱ部では島根県の二つの地域で中間支援組織として立ち上げられたNPO法人が紹介されています。一つは江津市のNPO法人てごねっと石見、そしてもう一つが雲南市のNPO法人おっちラボです。同じ島根県といっても江津市が立地する石見地域と雲南市が立地する出雲地域とでは気質や文化が異なり、その地域に適した事業の展開が求められます。NPO法人てごねっと石見は、県外からも多くの応募があるビジネスコンテストの受賞者が、江津市で円滑に事業化を進められるように支援する役割を担っています。対照的に雲南市では「地域自主組織」を中心に地域自主組織と市内外の若者との連携をつくりだし、地域医療の改善を図っています。


第Ⅲ部では、方針や目的に共感してくれる地域内・外の仲間たちを増やしながら、彼らとともに試行錯誤のなかで新しい仕事を創り出していく若者たちの姿が描かれています。彼らに共通することは、人と人や仕事と仕事、そして人と仕事を結びつける役割を果たすなかで、既存の価値観にとらわれない自分らしい生き方や働き方を見出し、その実現に向けて着実に前進させていることです。


第Ⅳ部では、地方や都市部での事例を通じて、現代社会においてどのようなコミュニティのかたちが求められているのかを提示しています。例えば、街中で写真を専門的に取り扱うギャラリーを運営し、写真を媒介として他領域のヒト・モノ・コトをつなぐ「紡ぎ手」として活動を続けているブルームギャラリーがあります。ブルームギャラリーは自らを「アイダ(間)の人」と位置付け、紡ぎ手として新しい価値を生み出せる場を創り出しています。


本書で紹介されている事例に共通することは、地域で活躍する若者が現代社会に対して、オルタナティブな生き方や働き方を提示していることです。そして、そのオルタナティブなライフスタイルは、自らの意思で選択され、地域に存在している資源をベースに地域内外の人々や仕事を結びつけることで、新しい仕事を生み出しています。つまり、自分たちで創り出したルールやペースを守りながら事業を展開することが、結果的に地域への貢献になっています。これらの事実は、人と人とのつながりを基礎としながら、都市と農村との対立関係を乗り越え、都市と農村とを取り結ぶ可能性を示してくれているのではないでしょうか。


(N.S.)



本書の構成


  • 序章 「ローカル志向」をどう読み解くか

  • Ⅰ 大学のプロジェクトとして地域に関わる
  • 第1章 【座談会】房総の古民家をリノベーションし続ける学生たち
  • ―「ゴンジロウプロジェクト」からみえてきたもの

  • 第2章 豊かなシゴトを地方都市・館山でつくる ―大学院の活動から起業

  • Ⅱ 島根×若者×ソーシャル志向、二つの地域の試み
  • 第3章 島根県江津市 街と人の流れを変えた創業支援
  • 第4章 島根県雲南市 地域づくり塾から広がる若者チャレンジの輪
  • 第5章 中間支援組織とソーシャル志向

  • Ⅲ 自分で仕事をつくる ―農業、地場産業、ソーシャルビジネス
  • 第6章 本屋とカフェとパン屋を限界集落の廃校で始める
  • 第7章 自分で仕事をつくる/山村シェアハウスと人おこしプロジェクト
  • 第8章 震災の浜ですこやかに生きる小さな仕事づくり
  • 第9章 仙台木工職人 震災を機にUターン
  • 第10章 「昔の牛乳が飲みたい」の声に牛乳屋の倅が自然放牧を始めた

  • Ⅳ 都市と地方にみる新たなコミュニティの場
  • 第11章 地域におけるコミュニティスペースの役割
  • 第12章 ヒト・モノ・コトを紡ぐ「アイダ」の仕事
  • 第13章 農山漁村へ向かうクリエイティブ人材
  • ―徳島県神山町、美波町、三好市のサテライトオフィスの事例から

  • 終章 ローカルでソーシャルな働き方がもたらすもの