子ども・現役世代・高齢者それぞれのリスクと展望

第2部:パネルディスカッション

5. 「転げ落ちない社会」実現のために


宮本 太郎 氏

皆様から、子ども、若者、高齢者とターゲットを分けてお話をいただきました。いま世帯の中で、高齢者の困窮、若い世代の困窮、子どもの困窮というのがいわば相互依存的に深刻化しています。日本の社会保障・福祉の制度というのは、個人単位で、あなたは困窮だから生活保護をしますよ、あなたは加齢による介護の必要度が高いからサービスを提供しますよ、というかたちでやってきましたが、事件は個人単位ではなく世帯の中で起きているわけです。

子どもと非正規で働くお母さんの共倒れが生じたり、あるいは80歳の親に50歳の息子が依存するという80・50問題(今は90・60問題になっているという議論すらあります)。このように相互依存的に沈みかけているところがあっても、世帯を丸ごとケアする部局はありません。あえて言えば、生活困窮者自立支援制度の家計相談支援が、包括的に家計丸ごとの支援をしていこうという狙いを持っています。

それでは、少し幅を広げて、子ども・高齢者・若者、相互の貧困の連鎖も念頭に置いて、いま一番すべきことは何か、ご意見をお聞かせください。

湯浅 誠 氏

直接の答えにはならないけれど、そういう話になるとどうしても思うのは社会不信の払拭ということです。個別の制度とか政策の話から離れてしまうようですが、私は深く結びついていると思っています。いまほど世代間連帯が必要なときはありません。しかし、世代間対立ばかり見えたり、一方では世代内連帯がとても強く必要とされていたりします。 こう考えていくと、社会や他人に対する不信というか、そこと関われない感が根っこにあるような気がして仕方がありません。

学生たちに「世の中は天気か社会か」と聞くことがあります。世の中が天気だと、自分にできることは自分の身を守ることだけです。降るなと言っても雨は降るので、できることは傘を持つなど自己防衛だけです。だけど、世の中が社会、つまり人がつくっているものだとしたら、自分も世の中に対して働きかけられるということです。

誰かが自分の声を拾ってくれるかもしれない。誰かが同じ思いをしているかもしれないと思えます。そこで、世の中は天気か社会かと聞けば、教科書的には社会だと答えるけれど、体は、実は天気だと感じているのではないでしょうか。世の中は結局、他人として自分の目の前に表れるので、この他人に自分が働きかけることなどできない。どうせ他人は変わらないから関わっても無駄だし、自分ができることは、その人から被害を受けないように自己防衛することだ。そうなっていくと、連帯という言葉が上滑りに聞こえるし、実感が伴いません。まずはそこから変えていかなければいけないと思います。

これは大人も同じだと思います。 社会活動をしなくてもいいけれど、他人に対して働きかけられるとか、自分の声を受け止めてくれる人が世の中にいるとか、わかり合えるコミュニケーションをした実感があるとか、そういうことの積み重ねがないと、望ましい政策や、先に見えているものにたどり着けないと思います。

宮本 太郎 氏

『朝日新聞』の調査で、日本で一番信頼されている社会制度についての記事を思い出しました。一番信頼されていないのは行政と政治ですが、信頼されているのは、天気予報ということでした。湯浅さん、信頼はどうすると芽生えるのでしょうか。

湯浅 誠 氏

私は小さい実感の積み重ねだと思っています。例えば制服をリユースするのを1件つなぐということは、ある人から見たら、砂に水をまくようなものでいつまでたっても大きな問題は解決しないと言われるかもしれません。しかし、そういうところで人というものを感じるのではないでしょうか。人に支えられた経験が人を支える経験につながっていく。社会的なことでなくても、自分が働きかけたことで相手が動くとか、そういう小さい成功体験の積み重ねではないかと思っています。

渡辺 真理 氏

不信感を払拭するのは、とても難しいと思います。でも、差別化のために同じ業種の企業が対立し合うより、接点を見つけてつながり合っていく方が、その業界が浮上する契機になり得るというお話もありました。一人ひとりが第三者として批判するのは簡単だけれど、二人称としてちょっと近づいてみることが変化につながるのかもしれません。菊池さんのお話にもあったように何気なく話しかけてみるだけでもいい、小さなきっかけが大切なのかもしれないと感じました。

湯浅 誠 氏

そう思います。何でもそれぞれが精一杯やって、でもうまくいかなくて、もがいているわけです。そのもがいているところの答えを出してほしいわけではなく、一緒に寄り添ってくれる人を探しているのです。そういうことが自分の力になっていき、そういう経験が人を支えたくなる経験にもなるわけです。そういうことが大事にされてないから、今の状況になっているんだという思いがあります。

渡辺 真理 氏

「転げ落ちない社会」の実現のために、これだけはということはありますか。

菊池 まゆみ 氏

ひきこもり等を支援していて苦労したのは、ひきこもりと言っただけで、特別な事情を抱えた人、自分たちとは違う人という見方をされるということでした。職員そのものがそういう思い込みの中にいたので、その見方を変えてもらうことに苦労しました。

私自身、若いころ読んだ本に「共に支え合う社会が必要」だとか、「ご本人の自立、自己実現を支援するのが福祉職だ」と書いてあったので、それをみんなやっていると思っていました。そうしたら元上司が「かわいそうな人を救ってあげる福祉、美談仕立ての福祉のままでいたら、地域の方や心ある人には見放されてしまうし、本当に支援の必要な人には逃げられてしまう。だから、共に支えあい自立を支援する福祉にならなければいけない」と言っていました。地域の方々の信頼を取り戻すためには、救ってあげる福祉から、いつでも利用できる福祉に変えていく必要があると思います。

宮本 太郎 氏

藤里町では世代間対立みたいなものはあまりないのですか。

菊池 まゆみ 氏

高齢者問題というと、高齢者ばかりが手厚い支援を受けていると地域の方や若い方は言うし、若者を支援しようとすると、特別な人をピックアップしなければとなります。ですから高齢者支援・若者支援という言葉で分けず、一緒に活動する機会をつくっていく。その中で成果を上げていく。協力し合えばこんなおもしろいことができますということをつくっていくように心がけています。

宮本 太郎 氏

日本は年齢輪切り主義社会で、子どものころから、会社に入るときも入社年度の同期が競争のグループになっていて、定年退職まで全部年齢です。異年齢集団とあまり接触しないのです。ところが菊池さんのところは、どっちが得かということを超えて、ともかく一緒に何かをやってしまおうというところから、支える・支えられるという二分法も超えつつ、つながりができているんだなと思います。これは、小規模の自治体だからできるということでは決してないと思います。

渡辺 真理 氏

「転げ落ちない社会」の実現のために今求められていることについて、藤森さんはどのようにお考えですか。

藤森 克彦 氏

一つは場づくりではないかと思っています。例えば、就労の場は、収入を得るだけではなく、そこで仲間や社会との関係性も生まれるわけですから、孤立防止にも有効だと思います。寿命が延びているので、健康で、働く意欲を持つ人にとっては働くという場が大事ではないかと思います。

柏市で「生きがい就労」というプロジェクトをやっています。ここでは高齢者が増えていて、アンケートで何をしたいかを尋ねたら「働きたい」という意見が一番多かったというのです。そこで、地域の課題解決に資する就労の場を設けようと、農業、介護、保育などで就労の場をつくりました。柏市がすごいのは、最低賃金以上を払っている事業が多いことです。

ただし、高齢者はプチ就労で週2回とか3回というような働き方をされています。また、柏市では東大とURと柏市役所が協力しながらこの制度を作り、住民と一緒になって地域の課題解決に向けた仕事を創出しています。こうした中間支援団体の育成も大事だと思います。コミュニティビジネスの場や、もっと別の居場所でもいいと思いますが、これからはそういう場が必要になってくると思っています。

宮本 太郎 氏

「場」といってもなかなか難しいですよね。シルバー人材センターは72万人以上登録していますが、平均で9日間ぐらい働いて、収入の平均が3万5,000円です。公園の清掃とか、請負でやりやすい仕事に偏っているので、専門職などやってこられた方はシルバー人材に行こうという気にならないと思います。私も働き続けられる場づくりには大賛成です。新しい働き方はまさに高齢者も加われる場所づくりとなると思います、もう少しヒントをいただけますか。

藤森 克彦 氏

先ほど「生きがい就労」というコミュニティビジネスの話をしましたが、これまで勤めていた職場に継続して就労するという働き方もあると思います。ただし、現在の継続就労は、働く期間は延びていますが賃金が下がるので、インセンティブ(やる気を起こさせる報奨)を維持する働き方を考えていかなくてはいけません。

一方、労働力人口が毎年57万人減っていく中で、中小企業をはじめ人手不足が一層深刻になっていくと思います。こうした中では、企業の方から多様な働き方の場の提供や、支援付き就労の場など、新しい形の就業の「場」がでてくるかもしれないと思います。さらに、長く働き続けるために、中年期に職業訓練を受けたり、勉強し直す時期があってもいいと思います。

例えば、ドイツの化学産業などではサバティカル休暇(長期労働者に付与される1ヵ月以上の充電期間)みたいなものを設けて、40代で職業訓練や勉強をする期間があると聞いています。長く働き続けるには、こうした時期も必要ではないかと思っています。



6. 地域での「場」づくり


宮本 太郎 氏

藤森さんに言っていただいた高齢世代の場づくりについて、もう少し考えたいと思います。高年齢者雇用安定法ができて、いちおう65歳まで会社は雇用しなさいということになったので、安心だと感じる人もいるかもしれませんが、同じ会社にいながらも所得が下がりますし、さらに65歳から地域に入っていけるでしょうか。難しいですよね。

65歳以降の20万時間を輝く時間にできるのかどうかは、ご自分の人生だけではなくて、地域社会にも深く関わってくると思います。ここでまた会場の皆さんに、緑か白かでお聞きしたいと思います。いま地域社会で何かつながりを持った活動をしているという方は「緑」を、何にもしてないという方は「白」を上げてください。

宮本 太郎 氏

ありがとうございます、半々ぐらいですね。それでは、これから何かやろうと思っている人も「緑」を上げていただけますか。

渡辺 真理 氏

今すでに活動している方、もしくはこれからやりたいという方が、8割~9割くらいでしょうか。

宮本 太郎 氏

皆さんやりたいと言っていますが、会社で生きてきた人、特に男性はプライドの塊です。地域社会に入ってもすんなりつながれないことが多いようです。私もそうだと思います。大学の先生という裃を脱いだときに、地域の中でつながって楽しまなければ損だと思うけれど、実際は難しいと思います。女性はすぐに地域とのつながりができるけれど、男性は自分にふさわしい扱いがされないとふてくされて、結局昔の仲間と集まって酒を飲んでしまいます。もったいないですよね。どうすればいいのでしょうか。

湯浅 誠 氏

私の来年の抱負は、自治会デビューです。会合には出たことがないので、来年は出てみようと思っています。私は、自分の地域では何もやっていないのです。

宮本 太郎 氏

自治会の方は、湯浅さんを知らないかもしれないですね。そういう意味では肩に力を入れないで済みそうな感じですかね。

湯浅 誠 氏

はい、気楽に行きたいと考えています。

宮本 太郎 氏

藤森さんはどのようにお考えですか。

藤森 克彦 氏

私は長野県の諏訪出身ですが、地方には高齢期になってからの「場」が大都市圏よりも多いと思います。例えば、自治会活動をしたり、公民館や側溝の掃除とか、定期的に住民による活動が多くあり、それによって地域コミュニティが形成されている面があると思います。

一方、一人暮らし高齢者などが今後増えていくのは大都市圏です。大都市圏の大きいマンションでは、隣が何をしている人か知らないことも珍しくなく、退職していきなり地域の人間関係といってもやはり難しいと思います。

しかし大都市圏の場合、様々な人々が密集していますから、そこで楽しい趣味などのネットワークは作りやすいかもしれないと思っています。楽しくないと続かないですよね。地方とは違うやり方でコミュニティを作っていく方法を大都市圏は見出していかないといけません。

まず大都市圏の各地域において、催し物や趣味のネットワークなどの情報提供をきちんとやることと、人材はいるので、人々をつなげる仕組みが必要だと思っています。

宮本 太郎 氏

その趣味の仲間はどのように集めればいいのでしょうか。

藤森 克彦 氏

地域包括支援センターの方から聞いた話ですが、大都市圏の各地域にはアーチストなど面白い人はたくさんいるというのですね。問題は、こうした地域にいるキーパーソンになりそうな面白い人や、既に地域で活発に活動している人を見つけ、そこから地域の人とのネットワークを作っていくことだそうです。

最初の仕掛けができると、いろいろな人が集まってきて、例えば高齢者向けのサークルをはじめ、趣味や福祉の部分などでつながったりしていくそうです。また、こうした活動を市役所や自治体のホームページに載せ、知らせることも必要だと思います。

宮本 太郎 氏

菊池さんはいかがでしょうか。

菊池 まゆみ 氏

私どもは「プラチナバンク」というのを立ち上げています。人材バンクのことです。例えば働き方登録について、人材バンクだと決まったパターンがありますが、プラチナバンクの場合、希望をお聞きしています。

人によって、10万円以上稼げなければ登録する意味がないと考えている方もいれば、週1回程度、月に1万円もらえれば十分という方もいます。また、デイサービスを利用していて車椅子だけど、何かお役に立つことがあるんだったらという登録もできます。毎日やりたい方もいれば、子育てに大変な世代は年に何回か、子どもと一緒にできればという登録の仕方もあります。誰でもどのような形態でも登録できるので、2017年の6月から始めて320人登録してくださいました。

宮本 太郎 氏

人口3,500人のうちの320人ですか。

菊池 まゆみ 氏

そうです。90歳のおばあちゃんも登録してくださっています。私でお役に立つのかなとうれしそうですし、若者はそのおばあちゃんに働いてもらうために頑張ります。ひきこもりだった若者がプラチナバンクが支援する人たちを応援する仕組みをつくれればと思って始めましたが、実際は若者より60歳以上の方々が頼もしく動いてくださっています。地域でまだ活躍してない人は誰か、どういう仕事があるのかと、若者に「付いてこい」と言いながらやってくださっています。



7.「転げ落ちない社会」に向けた施策や制度を支える文化


渡辺 真理 氏

最後に、おっしゃり足りなかったことなども含め、お一方ずつメッセージをお願い致します。

宮本 太郎 氏

地域には困難が山ほどあります。この困難をエネルギーに換えることができるか。いわゆる地縁、血縁、社縁みたいなものは崩れてきているけれど、この困難を打開する必要縁みたいなものが新しい縁として出てきているのではないか。

また、地域に入っていくことは簡単ではなく、その回路をどのようにつくっていくのか。一人ひとりがもがいて考えなければいけません。その悩みをみんなで解決して、いい距離をつくりながら、老後の豊かな時間を生かせるかどうかだと思います。そんな方向性が見えてきたので、それが「転げ落ちない社会」を完成させていくうえで大事だと思います。

湯浅 誠 氏

私自身は足元からやっていくことが大事ではないかと思っています。一つひとつの取り組み自体は小さいかもしれませんが、そういうことの積み重ねでしか世の中は動かないし、実はそういう人たちが動かしているのではないかと思う面があります。

しかし、地域に出ることもそうですし、人と何か一緒にやるというのはおっくうでもあるわけです。「こういうふうにやっています」というときは、フィールドワークと思って行くといいのではないでしょうか。自分の意見と違うから言い負かせてやろうとせずに、なるほど、そういうふうに考えるのかリサーチする感じで行くと、それぞれの話をおもしろく感じられるのではないかと思っています。

菊池 まゆみ 氏

私は、地方創生に参入したときに根っこビジネスとしてわらび栽培をはじめました。そこへ、デイサービスのおばあちゃまたちは、わらびの収穫を喜ぶのではないかと連れていったら、歩けないはずの人が走り始め、山へ入っていき、生き生きと輝いていました。それぞれ自分のやりたいことをやって生き生きしたのを見て、福祉って助けてあげるのではなくて、その方の本来持っているものを引き出すことを頑張れば、色々なことができるのではと思っています。

藤森 克彦

いまは、80歳以上の女性の4人に1人が一人暮らしになる時代です。昔は家族の中で貧困や介護などの生活上のリスクに対応してきましたが、今は家族・世帯の中だけで担うことが難しくなっています。社会としてどのように支え合っていけるのかが大きな課題になっていると思います。

支え合う社会のためには、社会保障の機能強化や地域づくりが大切だと思います。私は、困窮問題に関わるようになってから二つのことを目の当たりにしました。一つは、貧困や孤立について、世の中にこんなにひどい現実があるのかということ。もう一つは、それでも世の中、捨てたものではなく、地域づくりや、個々の放っておけない問題に乗り出す方がいる。これからそういう輪をさらに広げていくことが重要ではないかと思っています。

宮本 太郎 氏

書籍『転げ落ちない社会』に書かれている施策や制度と合わせて気になっていたのが、そうした施策や制度を支える私たちの気持ちや文化をどう考えるのかというところです。私自身、緊張してしまうタイプなので、地域に入っていけるかなと悩んでいましたが、湯浅さんがおっしゃるようにフィールドワークだと思ってやってみようかと思いました。そしてそこで色々な発見があると楽しめるということもわかってきました。そういう意味では、施策や制度を支える私達の文化の部分について最後に議論できたのは、とても大きな収穫でした。

渡辺 真理 氏

ありがとうございました。第2部のディスカッションはこれにて終了とさせていただきます。湯浅誠さん、藤森克彦さん、菊池まゆみさん、そしてコーディネーターを務めてくださった宮本太郎先生、どうもありがとうございました。