セカンドライフ・デザインと
就労モデル

―次に、高齢者の方と地域社会との関わりについて、お話を伺いたいのですが、高齢者の方が地域社会と関わりながら、自分らしく生きていくために必要な課題について、お聞かせいただけますか?

2012年に団塊の世代が65歳に到達しました。これまで長く続いた人生60年時代の生き方では、定年退職後は余生という認識でした。だから、盆栽でもいじっていればお迎えが来る。それがよい人生なのだということだったと思いますが、団塊の世代あたりから、定年退職後にもう1つの人生がある、つまりセカンドライフがあるという認識が定着してきた。定年退職した後をどう生きるかということを真剣に考える初めての世代ではないかと思います。
セカンドライフにはいろいろなデザインの仕方があり、もう1つ仕事をするのもよいし、勉強を始めるのもよい。人生の後半はマラソンの後半戦と同じで、バラツキが大きいですよね。健康状態においてもバラツキが多い。70歳でマラソンをしている人もいれば、お手洗いまでようやく歩いていけるという人もいる。経済状態も価値観やライフスタイルにおいても多様です。

セカンドライフは非常に多様な人生設計ができると考えています。地域に帰って地域を主体として過ごすという生き方もあります。それを選ばれる方が多いですね。また、今までどおり都心で仕事を続けるのもいいだろうし、オンラインで新しいビジネスを始めることも可能です。

柏市では多くの方たちが都心で何十年も働いて、地域社会に帰ってくる。東京や大阪周辺のベッドタウンで典型的な現象です。そうした人たちの活躍の場を地域社会につくることが求められます。リタイアされた方にずいぶん聞き取り調査を行いましたが、60代でリタイアされても皆さん大体お元気だし、知識も技術も仕事関係のネットワークもお持ちです。しかし、地域に知っている人はほとんどいない。しかも名刺もない。そうなると、外に出て活動するのは非常に勇気の要ることになります。「することがない」、「行く所がない」「話す人がいない」という状態ですね。

毎日何をしていらっしゃるかと聞くと、家でテレビを観て、時々散歩に行く。「定年後 犬も嫌がる 五度目の散歩」という川柳があるそうですが(笑)、はじめは「ご苦労さまです」「ゆっくりしてください」とおっしゃっていた奥さまも、3カ月ぐらい経つと何となく「この次、いつ出かけるの」みたいな雰囲気になり、犬にも周りの人にもいろいろ迷惑がかかる。
個人の健康という面から見ても、家でじっとしてテレビを観ていると、脳も筋肉も急速に衰えていきます。家に閉じこもっていれば、人とのつながりも増えない。したがって、家から外に出て、人と交わって活動をすることがまず一番必要で、そのためにどういう方策がいいのか、多くの方から聞き取りをしました。
そうしましたら、働くところがあったら一番家から出やすいということです。これまで長年、朝ごはんを食べたら毎日働きに出ていた。しかし、満員電車に揺られて東京まで行って、フルタイムで働いて帰ってくる生活はもう卒業したいし、体力的にも限界がある。そうであれば、地域の、歩いて行ける、あるいは自転車で行けるぐらいのところになるべくいろいろな働く場をつくればよい。しかも、自分で時間を決めて働く。まず、家から外に出て人と交わって活動するには、それが一番敷居が低くてよいということで、柏でセカンドライフの就労事業を始めました。

―柏のセカンドライフの就労モデルについて、具体的な事例を紹介していただけますか。

この事業は将来、全国の他地域でも展開できるのではないかと思っています。まず、人的な資源も含め、その地域にどういう資源があるか。それと、どのようなニーズや課題があるのか。その2つの洗い出しが非常に大切だと思います。

もともと柏の場合、1960年代に住宅地になる前は利根川流域の肥沃な農地でした。今も住宅地に畑が点在していますが、農家が高齢化しているのでほとんどが休耕地になっている。休耕地は困った問題でもありますが、資源とも考えられます。その休耕地を耕し、リタイアしたサラリーマンが野菜を栽培する。そういう事業が1つです。そのほか、植物工場や、建てかわる団地の屋上を農園にするなどの農業事業ですね。元気シニアだけでなく、身体が弱っても働く意志があれば働けるまちをつくりたいと考えています。
例えば、屋上農場でポット栽培などをうまくやれば、車椅子でも農業に携わることができます。

もう1つは食に関わる事業です。2030年には高齢者の半数近くが一人暮らしになると予測されています。80歳、90歳の一人暮らしはごく普通という社会になります。そういう高齢の方の食生活を聞き取り調査で訊ねると、非常に貧しい。冷蔵庫も見せていただいているのですが、コンビニの惣菜が半分入っているとか、お湯をかければ食べられるきつねうどんの空き箱が天井近くまで積んであるとか(笑)、そういう食生活は決して珍しくないのです。一人分を料理するのは面倒であり不経済であり、何より一人で食べるのはおいしくないですよね。したがって、先ほどの在宅ケアの拠点のすぐ傍にコミュニティ食堂をつくる計画が進んでいます。
それは高齢者の就労の場でもあると同時に、コミュニティのダイニングルームでもあるのです。一人暮らしの高齢者がそこで3食、食事ができるし、若い人たちも夫婦共働きの方が多いですから、朝食をそこで食べていく。両親が夕食までに帰ってこられない学童保育の子どもたちも、そこで一緒に食べる。地域の食を支えると同時に、つながりづくりの拠点となります。
もう1つの例は学童保育事業です。若い方は夫婦揃って東京で働いていることが多いため、学童保育のニーズが非常に高い。放課後の子どもたちの行き場所です。そのために「ネクスファ」という塾を始めました。勉強だけを教えるのではなく、ワンランク上の塾を目指しています。国際的に活躍できる、環境のサスティナビリティを理解している子どもを育成するということです。そこでは、長年、商社で海外に駐在してリタイアされた方が、「英対話(英語を使っての対話)」を教える。技術者がロボットづくりを教える。受験勉強だけではなく、職業人として、生活者としての先達である高齢者が、それぞれの知識や経験を活かして子どもたちの育成に携わっています。社会にある資源を人的な資源も含めて上手に活用して、コミュニティの課題解決を目指しています。

私たちの最初の目標は安定して雇用を供給することでしたので、就労事業の事業者はプロの人にやってもらうことにしています。例えば、休耕地の事業では、柏市の若手の農家7軒がLLP(有限責任事業組合)という緩やかな組合をつくりました。そして、市の農政課のあっせんで長期に休耕地を借りて開墾し、そこにリタイアした高齢者を雇用するというシステムです。事業者は農業のプロです。
コミュニティ食堂は2期工事の計画にはいっています。事業者をURが公募しますが、すでに大手の外食産業やその他の企業が長寿時代の外食産業の新しいビジネスモデルを模索して関心を示しています。例えば、注文してすぐ丼料理が出てくるのは、忙しい若い人たちには大変魅力的なビジネスモデルだと思いますが、一人暮らしで時間がたっぷりあり、誰かと一緒にゆっくり食事をしたいと思う人には魅力的ではありません。地域で人とのつながりをつくっていけるような、新しいコンセプトの外食産業が求められています。学童保育事業では地元の若い塾経営者が「ネクスファ」の事業主です。