日本独特の仕組みとしての国民皆保険制度

宮武 剛 氏

NHK(Eテレ)「福祉マガジン」編集長

―国民皆保険制度についてお伺いします。昭和36年に確立したと言われておりますが、すでに50年が経過し、昨今の疾病構造の変化やさまざまな環境変化の中でかなり揺らぎがきていると言われております。現在、この国民皆保険制度がどのような課題を抱えているのか、その全体像についてお聞かせください。

お勤めの方の場合は、職場で職域の医療保険が、第二次世界大戦前からあったわけです。お勤めでない農林水産業や商工業者、小さな町工場で働いている方たちすべてが保険証を持てるようにすることが大きな課題でした。そこで、1959年に国民健康保険法を全面改正し、1961年にすべての市町村に国民健康保険の設立を義務付けたわけです。

法律の成り立ちとしては、日本の国民は自分の住んでいる地域の市町村の国民健康保険に入りなさいと書いてあるわけです。ただし、職場に職域保険のある方は加入しなくても良いという仕組みになっています。言ってみれば市町村の国民健康保険は、北海道から沖縄まで広がっていて、そこに必ず入る。お勤めの方は職域の保険に入るわけです。それで、皆保険体制を作ったのです。これは日本独特の仕組みだと考えていいかと思います。

世界の主要な国々における医療保障は、社会保険方式でやっている国と税方式(税金)でやっている国と二つに分かれます。日本はドイツの医療保険制度を見習って、戦前から作ってきた。しかし、ドイツの医療保険は長い間、皆保険体制ではなかったのです。高級官僚など高い所得の人は公的な医療保険制度に入らなくていい。85%ぐらいは公的な医療保険制度に入り、残りの人は民間の保険に入ってもいいし、入らなくてもいいという仕組みでした。これを2009年1月から民間保険に必ず入りなさいと義務付けて、実質的に皆保険体制になりました。もう一つ、フランスはほぼ99%の方が公的な医療保険に入っていて、ほとんど日本と同じ皆保険体制だと言えると思います。

それとは逆に、税金を財源にして医療保障をやっている代表的な国は、イギリスやスウェーデン、デンマークなどの北欧諸国です。社会保険方式と税方式を比べると、社会保険方式のほうが患者さんにとっても医療機関にとっても裁量権が広いというか、自由度が広いと言えます。税方式でやっている国々は必ずかかりつけの家庭医を持ち、個々人が家庭医を選んで登録し、そこにまず受診する仕組みを取っていたり、使える医薬品も少なかったり、自由度は狭いと思います。

皆保険制度が1961年度からスタートして半世紀余りたってくると、やはり制度疲労が起こってきたのです。一番深刻なのは、例えば国民健康保険はどうしても高齢の方々がそこに集中する。定年退職して職域保険から抜けた人が入るわけですから。その方たちはほとんどが無職で年金生活者です。それから、お勤めの方でありながら正規労働者扱いされていないような非正規労働者が入ってくるわけです。自営業のために作った制度であったものが、いまは年金生活者という無職が一番多く、2番目が非正規労働者、あるいは従業員5人未満の零細な個人経営の事業所の従業員などになってきています。

高齢化が激しい、比較的所得が低い、高齢化に伴って疾病確率が高いという三重苦を抱えた大集団になってしまったわけです。それがどういうところに表れているかと言うと、国民健康保険の保険料滞納世帯は約400万世帯あるのです。滞納して払わない。払えるのに払わない人もいますが、払えない人のほうが多い。

それから、生活保護の人たちは保険制度から外れて福祉事務所で医療券をもらって、保険料負担や窓口自己負担なしで受診します。要するに保険証がないから医療費を全額税金で見てもらう人たちです。生活保護被保護者がいま210万人を超え、医療扶助を受ける人は170万人を超えています。合わせると少なくとも600万人以上が実は皆保険体制の枠から外れているのです。いわば皆保険体制の空洞化が広く、深く進行しています。極めて深刻で、どうすれば保険証のない人たちをもう一度保険証のある世界に引き戻すことができるのか、あるいはそっちへ行かないようにどういう手を打つのかということは極めて大きな問題です。