市ヶ谷のマザーテレサが抱えていた思い

秋山 正子 氏

ケアーズ白十字訪問看護ステーション
代表取締役・所長、
「暮らしの保健室」室長

―秋山さんは20年近く在宅医療の方の訪問看護にあたられていて、「市ヶ谷のマザーテレサ」と呼ばれていますが、訪問看護のパイオニア的な存在として活動されている中で、日本の医療・介護体制に対して、秋山さんが感じた問題点や抱えていた思いについてお聞かせください。

私は1992年(平成4年)の老人保健法の改正で生まれた訪問看護ステーション制度の始まりのときから、市ヶ谷を中心とした地域でずっと訪問看護をしてきました。訪問看護は重たい状態の方をお引き受けすることが多いのですが、その方たちが亡くなるまで地域のなかでたくさんお世話させていただきました。

訪問看護は症状が重たくなってから利用される方が多いので、もう少し予防的な視点も含めて、その入り口にいる人や、病院に通っているけれども十分な相談支援が受けられず、ぎりぎりのところで在宅医療や看護につながってくる人たちが、もっと前から気軽に相談できる場所があればいいなという思いを抱えながら訪問看護にあたっていました。

それから、がん患者さんに関わることがとても多いのですが、がん治療の様子が変わってきて、スピードが非常に増していて、外来が中心になってきています。そうすると外来の長い期間、相談する機会も情報もなくて、最後のところで看護につながってきてしまいます。

患者は'医療者と同じ目線で'と言われながら、やはり医療者のほうが一段上だし、患者は自分でものを考えるというよりは、自己決定を迫るときに一方的に情報が与えられて、同意して署名するという関係が普通ですよね。

あっという間に診断され、あっという間に治療方針が立てられ、あっという間にサインを求められる。でも、いざ帰り道に立ったときに「あれでよかったんだろうか」「もう少し自分できちんと考える時間がほしい」「もっと他に手立てはないだろうか」と思っても、どこに相談してよいのかもわからず、情報もないまま自己決定もできずに治療が進んでしまう方が多くいらっしゃるのです。

病院の方々がよく「自己決定支援」ということを言います。自己決定支援というのは本来の医療のあり方だろうと思いますが、今行われている「インフォームド・コンセント」と呼ばれるものは、説明と同意というよりは、一方的に説明をされて承認せざるを得ないというものですので、自分が決めたということとはかけ離れています。

そうした意味で、自分で決めるための情報がちゃんと与えられ、その中から自分の生活や自分の生き方に沿って、医療に対するさまざまな選択を決めていける。それには時間的な余裕と、しっかりした情報提供をして、その人に寄り添うような相談支援のあり方が本当に必要かなと思っています。

イギリスでは、がん患者さんのための新しい相談支援の形として「マギーズ・キャンサー・ケアリングセンター」というものが始まりました。そこはすごく新しいスタイルで、相談支援拠点が病院の外にあり、病院とはまったく異なる雰囲気です。木の感じがとてもよく、緑が見渡せて、気持ちがゆったりと落ちつくので、自分でものが考えられるようになります。

病院に通う患者の揺れる気持ちに寄り添うように、がんと診断される前から、がんかもしれないと受診するときから、治療中、緩和ケアが必要なとき、それからご遺族など、どんな方の相談にものっているところです。しかも、予約なしで相談はすべて無料で受けられ、すべてチャリティーで運営されています。これこそが日本に本当に必要なところだと思いました。

こういった思いが重なり、「マギーズ・キャンサー・ケアリングセンター」を参考にして「暮らしの保健室」という相談支援場所の開設に至りました。