【書籍】ブラックバイト―学生が危ない

「年金を選択する」



本書紹介


<紹介の理由>
私事で恐縮ですが、自分の経験談から始めさせてください。昨年、一昨年と、勤務先大学のプログラムの一環で、新入生アンケートを実施しました(のべ200人弱。総数で2000人超)。最近の新入生の実体を把握し、より学習意欲を高めるための全学的施策を立案するための基礎データの収集を目的としたものです。
その結果を集計したところ、いくつかの看過できない事情を発見しました。いわく、通学に片道3時間近くかかる(関西圏では異常な長さです)、アルバイトをしないと生活が(学業ではなく)成り立たない、親にこれ以上経済的負担をかけられない、等々、悲鳴のような学生の声でした。
なぜ、こんなことになってしまったのか、私に出来ることはないか、暗中模索する中で出会ったのが、ここでご紹介する今野晴貴『ブラックバイト』(岩波新書、2016年。以下、「本書」と記します)です。人生でも限られた、勉学(恋愛でも部活動でもいいですが)に集中できる得難い有意義な時間を学生の手に取り戻させたい、という著者の願いが込められた告発の書です。


<紹介と要約>
本書は、「はじめに」と「あとがき」を除いて、全5章から成り立っています。まず1章でブラックバイトの実態報告がなされ、続く2章でその特徴を明らかにします。さらに3章でブラック企業・ブラックバイトに共通する「働きかた・働かせ方」の問題点を示し、4章でその対策を論じます。最後に5章でブラックバイトの事例からみる日本の労働社会の変化を考えます。


<現状分析(1章~2章)>
すでにご紹介したように、今の大学生の中にはアルバイトと学業生活が両立できず、講義・試験に出られずにドロップアウトする者が少なからず存在しています。本書でも、そうした事例を4つ挙げて、ブラックバイトとはなにかが報告されます。ここでは、アルバイトであるにもかかわらず「過剰な責任を負わされ、学業に支障をきたす」(本書47頁)働き方を「ブラックバイト」と称し、そうした事例が全国的に珍しくなく、健康を害する学生の存在が指摘されます(新聞記事)
本書では、ブラックバイトの特徴を3点に集約して分析しています(本書59頁)。すなわち、①学生の戦力化(長時間勤務、過剰な責任)、②安くて従順(最低賃金以下、残業代不払い、自腹購入)、③辞められない(学生の責任感、損害賠償請求、暴力)。働く者の意思に基づかない違法な強制労働が日常化・一般化している現状が淡々と語られることで、かえってその悪質さが伝わってきます。


<原因分析(3章)>
では、なぜこうしたブラックバイトが発生し、存在するのでしょうか。本書ではその理由を5つ挙げています。①サービス労働の単純化・定式化・マニュアル化(本書97頁)、②ブラック企業正社員との競合(本書116頁)、③「責任感」と「やりがい」の利用(本書123頁)、④希薄な法意識・権利意識(本書144頁)、⑤学生の貧困と奨学金(本書150頁)、の5つです。学生の責任感を利用し、生活苦につけ込んで経済的にだけでなく、生活すべてを支配するのがブラックバイトのやり口のようですから、真面目な学生ほど絡め取られている可能性があります。


<対策提言とまとめ(4章~5章)>
ここまでの議論をもとに、ブラックバイトに対する対策の必要性と提言が述べられ(本書164頁)、展望が示されます(本書204頁)。ブラックバイトの見分け方(「あらかじめ職場を観察しておく」(本書164頁)等)と、万が一、入った時の対処法(「未払賃金の請求方法」(本書171頁)等)が具体的に説明されます。
結局のところ、ブラックバイトはいわゆる「非正規雇用」とは異質な、「ブラック企業」に通底する雇用形態である、といえそうです。これまでの「正規・非正規」の枠内では到底捉えきれない新しい強制労働形態というのが適切のようです。求人を偽装して騙して雇い、責任感と暴力・損害賠償で脅して強制的に働かせ、辞める自由を認めない。現代の奴隷といっていいのではないでしょうか。
本書でも様々な考察がされていますので、ぜひご一読ください。最後に個人的に、学生と接する立場からの意見を記して、本書の紹介のまとめとさせてください。たしかに「いまどきの若いもの」は、問題のある点があると思います。その一端は、毎日のニュース報道等でも示されています。ただ、他方でそうではない学生も相当数、存在します。それはこの「書籍紹介」を読んでくださっている方々が学生でいらっしゃった時代から変わらないはずです。変わったのは世の中の仕組みの方です。複雑になり、ややこしくなり、貧しくなりつつあります。「高度成長期」や「バブル期」とは論じる基盤が異なっている、という点だけはご承知おきください。その意味で。「残業100時間で過労死、情けない」 (朝日新聞2016年10月12日付社会面38面「残業100時間で過労死、情けない」大学教授が投稿 電通社員の自殺報道で拡散・・・「炎上」→謝罪)などという「伝統的な大人の価値観」が今の学生を追い詰めている、という点に思いを致していただければと思います。彼らが20年後の日本を支えていくのですから。
ブラックバイトと奨学金破産を考えるきっかけにしていただければとご一読をおすすめします。


(参考)
本書には類書が多くありますので一部を挙げておきます。併読ください。

  • ・大内裕和・今野晴貴『ブラックバイト』(堀之内出版、2015年)
  • ・今野晴貴『ブラック企業』(文春新書、2012年)
  • ・中村淳彦『女子大生風俗嬢 若者貧困大国・日本のリアル』(朝日新書、2015年)
  • ・仁藤夢乃『難民高校生 ― 絶望社会を生き抜く「私たち」のリアル』(英治出版、2013年)
  • ・日本財団子どもの貧困対策チーム『徹底調査 子供の貧困が日本を滅ぼす 社会的損失40兆円の衝撃』(文春新書、2016年)
  • ・藤田孝典『貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』(講談社学術新書、2016年)

(T.T.)


本書の構成


  • 1章 学生が危ない ―ブラックバイトの実態
  • 2章 ブラックバイトの特徴
  • 3章 雇う側の論理、働く側の意識
  • 4章 どうすればいいの? ―対策マニュアル
  • 5章 労働社会の地殻変動