【書籍】世界システム論講義 ヨーロッパと近代世界

「世界システム論講義 ヨーロッパと近代世界」



本書紹介


「現代世界は一つだといわれる。しかし、『世界は一つ』とはどういうことなのか。また、そのような一体としての世界は、どのようにして、いつごろ成立してきたのか。」(本書20頁)という問題意識から書かれた、新しい世界史のテキストが本書『世界システム論講義』です。本書の特徴は、これまで当たり前とされてきた「世界史=各国史」の見方を廃し、「近代世界を一つの巨大な生き物のように考え、近代の世界史をそうした有機体の展開過程」としてとらえる」(本書21頁)斬新なアプローチをとる点にあります。こうした見方によれば、「イギリスでは、…大英帝国を形成して世界を支配した…たいして、…インドでは、…イギリスの植民地になってしまい、いまでも『後進国』になっている」(本書24頁)とは考えません。「イギリスが工業化したために、その影響を受けたインドは、容易に工業化できなくなった」(本書26頁)と考えます。すなわち、イギリスとインドは一体的な経済分業体制をなし、それぞれの生産物を大規模に交換することで、全体の経済を成立させており、こうした世界的な分業体制を本書では「世界システム」と呼んでいます。


著者は西洋史学の泰斗であり、本書も西ヨーロッパ史の観点から論じています。この立場からは、明治維新もわが国がこの世界的経済分業体制に組み込まれたトピックとしての意味しか持たないことになります。と同時に、高度経済成長に代表されるわが国の繁栄も、「近代世界システム」から多くの余剰を吸収できる地域(「中核」と呼ばれています)になりえた故であり、単に日本人が頑張ったから、というわけではないことに気づかされます(そもそも頑張らないとなれないのでしょうが)。


具体的に3点、本書との関連でトピックをあげて紹介します。最近、大統領選挙の話題にからめて「アメリカの凋落」が取り上げられますが、本書は歴史書でもあり、アメリカの前の「世界のリーダー(ヘゲモニー国家と呼んでいます)」であるイギリスを中心に論じています。なぜ、イギリスがヘゲモニーになれたのかについてはいまだ定説はなく、本書でも「ジェントルマン資本主義」説と「財政=軍事国家」説が紹介されるにとどまっています。ただ、イギリスがヘゲモニーを握るにあたっては、「生産→流通→金融」の順番で競争力を向上させ、喪失するときもこの順番で低下させていく、とされています。イギリスもアメリカもシティやウォール街といった金融街がその国の「顔」になっていることからもうなずけるところです。


ふたつ目は労働との関係です。近代世界システムは上述のように、世界的な分業体制によって成立している経済システムです。このシステムの中では、労働力も賃金労働という形で「商品化」されてしまい、一方では「移民」というかたちで、他方では「企業の対外進出」というかたちで労働力の再編が起こりえます。実際、それ以前の時代には、アメリカ大陸の奴隷制、あるいは東欧の再販農奴制が生産機構を(強制労働という形で)支えていました(本書66頁)。世界が一体化した現在、この労働力という名の商品は、上記の理由から地域価格差を縮小させつつあるようです。非正規雇用の増大や過労死につながる長時間労働といった事象も、あるいはこれで説明がつくかもしれません。


わが国と近代世界システムの関係を3点目としてとりあげます。江戸時代、徳川幕府が唯一交易関係にあったヨーロッパの国は、オランダでした。つまりイギリス以前、オランダが「ヘゲモニー国家」であった時代があり、その勢力圏がわが国まで及んでいたのです。転じて幕末、その徳川幕府を倒して開国した中心勢力は薩長であり、この両藩はともに対英戦争に敗北した経験を持ち(薩英戦争、馬関戦争)、「ヘゲモニー国家」イギリスの支援を受けていました。この時、徳川幕府は対抗国フランスの軍事協力を得ていました。戊辰戦争(1868~69年)は英仏の代理戦争でもあったといえます(この両国は、この時期=帝国主義時代、世界的に植民地獲得競争をしていました)。一方、この時期、ヨーロッパではドイツとイタリアがそれぞれ国家統一を果たし(1871年)、アメリカでは南北戦争が起こっていました(1861~65年)。つまり、この4か国は近代世界システムに同時期に参入し、2回の世界大戦は「ポスト・イギリス」をめぐるドイツとアメリカのヘゲモニー争いとみることができます。いま、アメリカのヘゲモニーは動揺し、ドイツを中心としたEUもその意義を喪失しつつあります。つぎのヘゲモニー国家は果たしてどの国か。本書では中国とインドに言及されていますが、近代世界システムそのものが大きく変質する可能性も指摘されており、これまでのような生活様式を営みえないかもしれません。東京の一極集中と地方の過疎化も、労働力の国内再編の事例とみることもできます。読み手の関心によって適用範囲が大きいことが、この世界システム論のメリットかもしれません。


本書はもともと、放送大学のテキストとして編まれたもの(同『改訂版 ヨーロッパと近代世界』放送大学教育振興会、2001年)を改題・改訂して出版されたものです。そのためか、一章一章がトピックの積み重ねで構成されており、自分の興味・関心に応じて好きな個所から読み進めることができますが、他方で各章のつながりが見えにくいかもしれません。その際は、世界史のガイドブック、たとえば『もう一度読む山川世界史』(山川出版社、2009年)を併読していただくか、同じ著者の『砂糖の世界史』(岩波ジュニア新書、1996年)をご参照ください


(T.T.)



本書の構成


  • まえがき
  • 第1章 世界システムという考え方
  • 第2章 アジアにあこがれたヨーロッパ人―大航海時代へ
  • 第3章 キリスト教徒と香料を求めて
  • 第4章 スペイン帝国の成立と世界システムの確立
  • 第5章 「十七世紀の危機」
  • 第6章 環大西洋経済圏の成立
  • 第7章 ヨーロッパの生活革命
  • 第8章 砂糖王とタバコ貴族
  • 第9章 奴隷貿易の展開
  • 第10章 だれがアメリカをつくったのか
  • 第11章 「二重革命」の時代
  • 第12章 奴隷解放と産業革命
  • 第13章 ポテト飢饉と「移民」の世紀
  • 第14章 パクス・ブリタニカの表裏
  • 第15章 ヘゲモニー国家の変遷
  • 結びにかえて―近代世界システムとは何であったのか
  • ちくま学芸文庫版へのあとがき