【映画】野火

「野火」

  • 監督:塚本晋也
  • 製作年:2014年
  • 製作・配給:海獣シアター
  • 上映時間:87分
  • ※PG12指定作品


映画紹介


太平洋戦争末期の戦場での真実。
極限状態におかれた人間の狂気の世界をリアルに描く


本作品は、大岡昇平の小説『野火』(創元社 1952年刊、現在は新潮文庫から出版)を映画化したものです。2015年7月25日(土)から東京などで上映が始まり、8月から9月にかけて順次、全国のミニシアターで上映が始まります。この戦争文学はすでに1959年に監督:市川崑、主演:船越英二により映画化されていますが、今度は55年ぶりに自主映画として、ミニシアターのスクリーンに登場することになりました。製作費が集まらなかったため、監督の塚本晋也氏は主人公の田村一等兵役も演じるなど、一人で何役もこなしています。

本作品は、太平洋戦争末期のフィリピンを舞台に、レイテ島の戦いで敗れた日本陸軍敗残兵の姿を通して、戦争の実相を見事に活写しています。塚本監督は映画製作に当たって、単に小説を映画化するのではなく、実際にこの戦争を体験したフィリピン戦友会会長を取材するとともに、2005年にはフィリピンで元日本兵の遺骨収集事業にも参加して、この戦争が何であったのかを理解しようとしました。

映画の中で主人公の田村一等兵はある理由から部隊を離れ、食料を求めて熱帯の原野を飢餓状態で当てもなくさまよいます。上陸してきた連合軍の攻撃は止むことなく、炸裂する機銃照射の銃撃音が耳を通して観客の心身を震わせ、スクリーンの中に散乱する無残な死体が目を通して観客に無力感を与えます。深夜に草の斜面を匍匐前進しながら、米軍の包囲網を突破して退却中継地へ向かおうとする敗残兵たちに突然容赦なく浴びせられるサーチライトの真っ白い強烈な明かりと見えない敵兵からの執拗な一斉射撃。敗戦後に帰国し、心的外傷後ストレス症候群(PTSD)に苦しむ主人公と、それを見守る妻の姿……。



史実によれば、太平洋戦争末期のフィリピンのレイテ島の戦いでは、増援部隊や補給物資を積んだ船団はその多くが到着までに連合軍によって撃沈され、レイテ島の戦いで敗れた部隊の9割以上、約8万人が戦死しました。
遠い昔の学生時代に読んだ五味川純平の小説『人間の条件』は、日本軍組織の理不尽な上下関係、非人間的な組織の実態を明らかにし、日本軍組織の「規律」がいかに兵士の人格を毀損したかを鮮やかに描いていますが、本作品(小説と映画)は人が太平洋戦争で惨めな死を迎えざるをえなかったこと、そしてその極限状況の中でも生き抜くために兵士たちは何を行い、どのような精神状況に置かれたかを見事に描いています。


私が東京渋谷の映画館「ユーロスペース」で鑑賞したときに特徴的だったのは、入場者の中で若い人が多数を占めていたことです。ややもすれば、社会派の作品では白髪の老人が多くを占めるのですが、今回ばかりは若者の多さに驚いた次第です。
集団安全保障法制が憲法の平和主義や戦後の平和外交路線に関わる最大のテーマとして国会で議論され、大多数の国民の懸念を巻き起こしている中で、本作品が上映されることの意義はきわめて大きいと思われます。

戦後70年の今年、「日本のいちばん長い日」など、かつての戦争を扱った映画がいくつか上映されますが、戦争の実相を正しく理解する上で、この映画は是非見ておきたい映画の一つと言えます。



(H.N.)