【書籍】社会的インパクトとは何か―社会変革のための投資・評価・事業戦略ガイド

「社会的インパクトとは何か―社会変革のための投資・評価・事業戦略ガイド」

  • 著者:マーク・J・エプスタイン、クリスティ・ユーザス
  • 監訳:鵜尾雅隆、鴨崎貴泰
  • 訳:松本裕
  • 定価:本体3,500円+税
  • ISBN10:4-86276-207-7
  • ISBN13:978-4-86276-207-8
  • 判型:A5版 上製
  • 頁:336頁
  • 発刊:2015年10月
  • 出版社:英治出版
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本書紹介


近年、日本でも社会的企業やNPOなどの非営利組織が、貧困や教育、若者就労支援などの社会的課題を解決する主体として注目されています。また、生協や農協、信用組合などの協同組合も地域に根付いた存在として、地域社会における福祉の担い手や雇用創出の役割を期待されています。さらに、政府もこうしたNPOや協同組合などの社会的組織を支援し、活動を促進していくための取り組みを始めています。その取り組みの一つは、SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)の仕組みづくりです。SIBは社会的課題の解決と行政コストの削減の同時達成を目指した官民連携の社会的投資モデルであり、2010年にイギリスで導入されて以来、様々な国で導入が進められています。財政赤字に苦しむ日本もそのうちの一カ国です。

SIBをはじめ、社会的課題の解決を図り、社会的インパクトを生み出すことを目的とした活動の普及が進められていますが、それらの事業を実施するにあたり注意しなければならない点もあります。それは地域や社会に与えるインパクトがより良い結果につながるものもあれば、逆に意図しないマイナスの結果を生み出す可能性ももつということです。それでは、社会的組織の活動をとおして、地域を中心とした、暮らしやすい、よりよい社会をつくりだしていくためには何が必要なのでしょうか。その答えは現実的には組織ごとに、また活動する地域によって異なるため、それぞれの組織が実践の中で導き出すことが求められます。ただ、本書はその答えを考える上で有用なヒントを与えてくれます。


本書は社会的課題の解決を図り、社会的インパクトを生み出すことに関心を持つ人々を対象に書かれています。また、社会的組織で活動する人にとっては事業を計画・実行・評価するための参考書としても役立ちます。 まず、本書で議論されている社会的インパクトとは、「活動や投資によって生み出される社会的・環境的変化」を意味しています。そのうち、社会的変化は平等・生活・健康・栄養・貧困・安全・正義といった観点における変化を指し、もう一方の環境的変化は環境保護・エネルギー利用・ゴミ・環境衛生・資源の枯渇・気候変動などに関する変化を指しています。そして、限られたリソースの中で社会的インパクトを最大限創造できているか否かを評価するためには、社会的インパクトの方向ならびに度合いを「測定」することが必要不可欠であるというのが本書の主な主張です。

その上で、筆者は様々なタイプの組織や事業の社会的インパクトを共通の評価軸で捉えるため、「社会的インパクト創造サイクル」というモデルを提示します。社会的インパクト創造サイクルは、①何を投資するのか、②どの問題に取り組むのか、③どのような手順を踏むのか、④成功はどのように測定するのか、⑤インパクトを大きくするにはどうすればいいのか、という5つの問いから成り立ちます。そして各問いに答えながら活動を組み立てることが正の社会的インパクトを創造し、広めることにつながります。また、このサイクルが社会的組織の日々の活動に埋め込まれることによって組織の目的とインパクトとの適合性、ならびにどのようなインパクトをどれだけ与えられたかを測定することができるようになります。つまり、社会的組織が生みだした社会的インパクトを組織の理念や価値観の観点から評価し、さらに活動の改善を重ねることでインパクトをより大きなものにすることが可能となるのです。


次に、本書の最大の特色は、世界中の社会的組織への精力的な取材ならびに調査を通じて執筆されている点にあります。民間企業のCSR部門や財団、NPOやNGOなどの非営利組織など、多様な形態の組織を調査するなかで「社会的インパクト創造サイクル」が導き出されています。ゆえに、このモデルは一定の普遍性をもち、どのような組織においても社会的課題の解決を図ろうとする際に参考になります。ただ、このモデルは普遍性を持つがゆえに、組織ごとの特殊性や地域ごとの特性などを捨象しており、その点については経営者や実践家は組織が置かれた文脈を考慮しながら読み解く必要があります。

また、社会的組織にありがちな間違いや課題もリアルに書かれています。例えば、「善意が有意義な活動に結びつくものだと決めつけ、活動の量と結果の質を混同し、重要な判断を証拠ではなく直感に基づいておこなう(23頁)」といったことや、「アウトプットとインパクトの混同」などです。アウトプットとインパクトの混同は、活動の結果(例えば、防虫処理済の蚊帳を100万個配布した)とインパクト(マラリアを5,000例削減した)とを同一視することで活動の結果に満足してしまい、社会に対してどのようなインパクトを与えたのかという観点を軽視するのみならず、活動の改善やその後の活動に結びつかなくなる危険性をはらんでいます。つまり、収益を第一の目的としない社会的組織は、組織の管理や成果の評価において独特の難しさが存在するといえます。その困難を乗り越えることによって社会から必要とされるインパクトが生み出されるのではないでしょうか。

最後に、「すべての社会的投資は価値観を動機としている(50頁)」という筆者の主張は、社会的組織の活動は常に組織の価値観や理念に沿って実践されなければならないという意味でもあり、社会的組織で日々格闘している人にとって共感できるのではないでしょうか。

(N.S.)



本書の構成


  • 第1部 何を投資するのか?
    第1章 社会的インパクト創造サイクル
    第2章 投資家を理解する
  • 第2部 どの問題に取り組むのか?
    第3章 問題を理解する
    第4章 投資の選択肢を理解する
  • 第3部 どのような手順を踏むのか?
    第5章 社会的インパクトがどのように生み出されるのか
    第6章 行動をインパクトにつなげる
  • 第4部 成功はどのように測定するのか?
    第7章 測定の基本
    第8章 測定手法
    第9章 インパクトを測定する
  • 第5部 インパクトを大きくするにはどうすればいいのか?
    第10章 社会的インパクト測定の成熟度
    第11章 インパクトを大きくする
    第12章 行動への呼びかけ
  • まとめ 社会的インパクトの測定と改善
  • 付録  日本で社会的インパクト投資と評価をすすめるために