第2部:鼎談

生きづらい若者 ~学校教育から社会への道~

宮本 みち子 氏

宮本 みち子 氏放送大学副学長
労働政策審議会
社会保障審議会委員

本田 由紀 氏

本田 由紀 氏東京大学大学院教育学
研究科教授
日本学術会議会員

大山 典宏 氏

大山 典宏 氏社会福祉士

宮本 みち子 氏

本日のテーマである未来の教育を考える上で、まず今の子ども・若者が抱えている問題をまず紹介したいと思います。社会的包摂サポートである、電話相談事業「よりそいホットライン」を通じて、多くの若者が社会的に孤立し、数多くの問題を抱えていることが浮かび上がってきました。彼らの問題は、経済的困窮だけでなく、困っても相談する人がいない。助けてと言えない。これからの日本の担い手となるべき若い人たちの脆弱化が目立ち、日本の子どもたちの6人に1人が貧困の状態にある。あるいは、もう間もなく中年期に入る世代の一定の割合の人たちは生計を維持することにかなり厳しい状態にあります。物事を個人の責任で解決するような状況が蔓延している中で、このような状況にある若者に対して少子高齢化のこの日本の社会を支えていかなければならないと言えるでしょうか。
ここで本田氏にご専門の立場から問題提起をしていただきたいと思います。

本田 由紀 氏

日本の教育では、学力という縦のものさしの中に子どもたちを位置づけ、その中でどうやって少しでも上に行くかという競争が蔓延してきました。今はそれに加えて「人間力」、つまり、個々の人間の人柄や性格の全体に及ぶ振る舞い方全てを測るような縦のものさしが、もう一本立ってしまっています。この垂直の2本のものさしの中で、どこかに位置づけられるわけですから、すべての子どもたちは多かれ少なかれ傷ついています。あるいは、あえて傷つけるような作用を日本の教育システムがしてしまっている面もあるのです。これは非常に大きな問題です。このように日本の教育は問題だらけではありますが、バブル経済が崩壊するまでの高度経済成長期・安定成長期の日本においては、家族からの支えと、仕事からの牽引力によって、なんとか成り立っていました。しかし今の日本においては、子どもの教育を支えられないような非常に厳しい状態にあるご家族が増えていたり、また教育の出口においても日本の労働市場は以前とは様変わりを見せており、うまく仕事の世界に入り込めない若者が現れてきています。この教育・仕事・家族という循環構造の破綻を、政府は補えていないのです。セーフティーネットが希薄なので、著しい困窮と孤立の中に置かれるような人々が珍しくなくなっている。今の日本の人々はそういう状況にあると考えています。これから目指すべき方向は、すべての人が何か自分が発揮できる力を持ち、尾木さんの言葉を借りれば「ありのままに今を輝く」ことができるような社会です。世の中と折り合わせをつけるためには、「ありのまま」よりも、もう少し何か頑張って学んで、専門的なスキルなどを身に付けてもらう必要があるかもしれませんけれども、それでもすべての人が力を発揮できる場面をつくっていくというような方向に、日本の教育システムや、教育システムと仕事の世界との接続のあり方というものを変えていく必要があるだろうと思います。

宮本 みち子 氏

今のグローバル化と高度な学歴社会の中では、選ばれない人たちというのが過去の時代と比べますと大量に出てくるのです。選ばれない人たちはどうやって生きていったらよいのか。これが現代の大きな問題だと感じています。そこで、埼玉県の職員でもあり、県では教育・就労・住宅に関する3本柱で生活保護受給者に対する総合的な自立支援を行うアスポートを担当しておられました大山氏に、生活保護世帯の子どもをはじめとして、この高学歴化の中で、学力を得ることなく大きくなっていかなければならない子どもたちへの施策等について、お話ししていただきます。

大山 典宏 氏

生活に困窮する方に対して、最低限の生活を保障し、自立を助長する制度として生活保護制度があります。生活保護の問題はいろいろ取り上げられますが、その1つに役所が相談者を追い返す水際作戦と呼ばれるものがあります。水際作戦がしっかり行われるようになった年から、利用者数が急激に減っている年齢層があります。0歳~20歳、子どもたちの層です。母子家庭のお母さんが相談に来ると、役所の担当者は、別れた旦那さんや実家からの援助、自身の就労等を勧めます。時には厳しい助言に、お母さんたちは生活保護を受けるのを諦めてしまう。この場合、諦めたのは母親の自己責任、自己選択と判断されてしまいます。生活保護を受けない、受けられないという状況の中で適正化が進んでいってしまう。子どもたちは被害者だといえます。さらに、経済的に追い詰められた親のストレスが子どもたちに向かった結果、児童虐待が起きてしまっている。虐待の原因には、ひとり親家庭、経済的な困難、家庭間不和、育児疲れなどがありますが、これら全ての領域において、背景に貧困があります。虐待に対する対応策として一番効果があるのは、親の経済的保障なのです。ただ、なかなかそこまで議論がいかないというのが現状だと思います。

宮本 みち子 氏

この貧困の問題は、なかなか実感が広がらないと感じています。今、日本は安全な国といえますが、今の貧困状態と孤立状態の中で、いわゆる安心・安全の市民生活をできない人たちがある比率以上に増えてくると、今の日本の社会の安全・安心を維持できなくなってしまうと思います。そういった意味でこの問題は、自分の子どもだけとか、うちの家庭だけはという話では片付けられなくなっています。そこで今何が必要なのかを考える時、それは総合政策でなければなりません。それぞれの立場で1つのポイントに絞ってお話いただきたいと思います。

本田 由紀 氏

破綻してしまっている戦後日本型循環モデルを立て直していく際に、そのうちの1つのパズルのピースとして教育もまた変革しなければなりません。それだけ変えればどうにかなるのではなく、社会はシステム間の組み合わせで成り立っていますので、家族も、また仕事の世界も、すべてがじわじわと噛み合わせを変えながら、あるいはこの後ろにあるセーフティーネットとアクティベーションという2つの布団を増やしていくような形で変わっていく必要があります。そのうちの1つのパートとして、やはり教育にできることはあると思っています。義務教育が終わった後の高校段階であれば、個人が何を学びたいか、将来どうなっていきたいかに合わせて、もっと水平的に多様化していくことが必要で望ましいはずです。サポートも無いままに、学ぶ内容や職場を選んでいく自由がぎりぎりまではぎ取られ、自己責任という言葉が支配しているのが現状です。そうではなく、「ちゃんと力をつけ、ちゃんと力を発揮でき、その結果がちゃんと報われる」状態を社会が責任をもって保証する方向に180度変えていく必要があると考えます。将来に希望をつなぐために、より若い世代に、あるいは若い世代を支える家族に、財政をどれぐらい振り向けていけるのかということについて、今は瀬戸際のような状態だと思います。

大山 典宏 氏

埼玉県では貧困の連鎖を食い止めるための生活保護世帯の子どもへの教育支援として、学習教室の設置や教育支援員の増員等を行いました。この学習支援においては、中学3年生に限って言うと、対象者の40%がこの学習教室に来ています。学校でも相談できず、家でも勉強を教えてもらえない子どもたちがいる。学校には行っていないけれど、この教室には来る。なぜこの教室に来るのか。個別支援をするからだ。この学習教室に来れば大学生のボランティアのお兄さん・お姉さんが一対一で勉強を教えてくれて、自分たちを大事にしてくれる。自分のことをしっかり見てくれる大人がいるということで、子どもたちが来ているのです。今後、日本の人材開発を考えていく際には、子どもたちが認められる機会をどのようにシステム的に提供していくのかが課題であると思います。

宮本 みち子 氏

若い人には投資する必要があるということですね。成長の機会を与えられれば若い人は育つのです。若者を育てるのは地域です。地域が一丸となって協力することで若者は育ちます。それぞれの立場、親として、地域の住民として、教員として、その他いろいろな立場で子ども・若者の問題に対して感度を高くすること。そして、自分は何ができるのか、やれることをみんなが少しずつでもやる。それが今の行き詰まった暗い状況を打開する重要な力になるのではないかと思うし、その経験を通して国や自治体に対して要求することができます。適切な要求はそこから出てくるのではないかと思います。

(文責:全労済協会)