社会保障制度の課題

駒村 康平氏 氏

慶應義塾大学経済学部教授

―東日本大震災から1年以上経過し、雇用や所得保障の問題が大きな課題として残っています。震災が明らかにした社会経済システムや社会保障制度の現状の課題とは何でしょうか?

今回、震災を受けた地域が広い範囲であったこと、日本でも高齢化が最も進んでいる地域の1つであったこと、それから第1次産業が多かったのが特徴としてあるわけです。第1次産業ということになると、被災された方々に社会保険・労働保険、すなわち雇用保険がどれぐらい広がっていたのかということもありますし、年金にしても普通のサラリーマンの方たちのように基礎年金プラス所得比例の遺族・障害年金があるわけではない。遺族年金を見ても相対的に言えばあまり充実したものではなかったと思います。

そういう意味で、職業別の社会保障の厚みの違い、職業別社会保険の弊害が出てしまっていて、生活がお困りになっているのではないかと思います。

日本の社会保障の戦後モデルは、サラリーマンを中心とした日本型雇用と言われているように、正社員として長期的、安定的に働くことができ、皆保険、皆年金が成立するというフレームだったわけですが、90年代に入った後、日本型雇用は小さくなった。対象者が狭まってきて、非正規労働者というかたちが増えてきた。非正規労働者の方たちが年金や医療保険の保険料を払えなくなり、皆保険、皆年金が守れなくなっています。

国民年金を払っていない方がいま4割ぐらいいるという数字が出ていますが、先日、政府から発表された国民年金の1号被保険者と言われている人たちの平均所得は159万円です。そのため、年金だけでも年間18万近い保険料を払うというのは難しいわけです。やはり働き方にかかわらず、払える範囲の保険料、支払い能力に応じた保険料となるような仕組みに、医療も年金保険も変えていかなければいけないのではないかと思います。

低所得者への支援とは?

―私たちが、しっかりと今の社会保障の現状を理解しつつ、特に非正規労働者への厚生年金の適用拡大を期待するところですが、今回の社会保障・税一体改革では、結果的に不十分な拡大にとどまったのですが、この点についてはどのようにお考えでしょうか?

高齢者の年金がどのぐらいかというのは、職業形態やキャリアによって随分違います。今、基礎年金と旧国民年金しかもらっていない人たちは830万人いるのですが、その人たちの平均年金額は月額4.9万円ですから、かなりかつかつの生活を送っているのではないかと思います。

夫婦2人で月額10万円の現金収入が仮にあり、持ち家があり、小さな田畑があり、2人とも健康という状態なら何とか生活できると思います。しかし、1人で生活をしていて5万円弱の年金しかない、持ち家もないということだと、健康状態を崩せば生活は成り立たなくなる。本当はそういうところに税金で集めた予算を集中的に投入しなければいけないはずです。

最低保障年金という考え方が1つの方法ですし、あるいは年金の加算のようなものを行うのも1つの方法です。しかし、与野党の調整の中で年金の支払額と受給額の対応関係を重視することにより、結局低所得の高齢者には限定的な補助しか出せない結果になりそうです。いま生活保護などが増えている状況ですが、さらにそれが増えることになってしまうのではないか。これを止めるブレーキにはならないと思います。

当初の案は年金とその他の収入が一定以下の方に関しては6,000円程度を保障していくかたちだったのですが、与野党の修正後は加算額5,000円がマックスになりました。しかも、これは保険料をいくら払ったかによって加算額が比例するということですから、まさに1年当たりの年金額のポイントを上げたことになる。逆に言うと、払わない人のポイントは相対的には下がっているだけですから、救貧効果にはならないと思います。

本当に不十分な方に上乗せされるわけではなく、保険原理の中でつじつまが合うような修正だったのかと思います。