第2のセーフティーネット

―被災地に限らず、いま日本全体が社会保障の持続可能性をめぐって不透明な状況であり、一方で社会保障・税一体改革の議論が国会で行われています。貧困と格差社会の拡大という状況を踏まえ、これからのセーフティネットについては、どう再構築していくべきでしょうか?

今度の東日本大震災は阪神・淡路大震災と違い、生産の場が打撃を受け、雇用が失われました。被災地で集約的かつ暴力的に起きてしまった雇用の危機は、実は日本全国でも決して震災という形を取らなくても経済的な影響で徐々に進行していることでもあります。そうした意味では、被災地で起きていることと日本全国で起きていることが重なっているのを、忘れてはならないのではないかと思います。

特に、最近の動きで言うと貧困や、孤立死のような孤立化の問題です。ここにどう対処していくのか。他方では、生活保護受給者の増大が問題とされています。今年年頭の段階で生活保護受給者が209万人を超えたと言われていますが、国際比較で公的扶助を受給している人たちの割合を人口比で見ると、日本の場合決して多いほうではないものの、楽観して看過しできることではないです。

ここで、セーフティネットをどうつくり直していくのかということが非常に大事になってきているわけです。「セーフティネット」という言葉はご存じのように、言ってみればみんなが働き続けるというロープが張ってある。何かの事情でそのロープから落ちてしまうとか、降りざるを得ないときに、それを支えるネットをつくらなければいけないというのが「セーフティネット」という言葉の由来です。

思い返せば、これまでの日本のセーフティネットは、みんなが働き続けることができるというロープがしっかり張ってあったわけです。そしてこのことを前提に、まず第1のネットとして社会保険というネットが張られていました。これは、大多数の人が何とか働けて経済的に自立できていることを前提にしながらも、必ず直面するいくつかのリスクに備えるべく加入するものでした。職場でけがをしてしまうかもしれない。労災に遭うかもしれない。それから、失業してしまうことも確かにあり得る。さらには、年齢を重ねることでいつかは退職しなくてはならない。そうした誰しも当然起こり得るリスクに対し、労災保険、失業保険、年金保険などの社会保険制度で備える。これが最初のネットでした。

そして、どうしてもいろいろな事情でそのロープに乗って歩けない人たちに対しては、もう1つ、生活保護のような公的扶助のネットがあったわけです。

こうした形で日本のセーフティネットはしっかり張ったロープ、そして社会保険というネット、生活保護、公的扶助というネットで成り立ってきました。

ところが今、被災地で起きたことが日本全国で徐々に起きている。つまり、働き続けることがみんなにとって簡単なことではなくなってきてしまっています。たとえば、有期雇用のような形ではロープが途中で切れてしまっている。または、一応張ってはあるのだけれども、非正規雇用で処遇の水準が低いことでロープが非常に細い。あるいは、学校を卒業して働き始めようとするのだけれど、働き先であるロープがない。または、ロープが足りずに、前に進んでいけない場合もある。こうした中で、これまでのようなネットの張り方では維持できなくなってきている面があるわけです。

先ほど申し上げた第1のネットは、経済的自立ができていることを前提に何らかのリスクに備える形でした。ところが、ロープの張り方が変わってきてしまっている。そうなると、第1のネットで支えることは当然できなくなり、生活保護のネットに頼らざるを得なくなってくる傾向もはっきり伺えるわけです。

先ほど、社会保険のネットと生活保護の公的扶助のネットという言い方をしたわけですが、その2つのネットの中間に「第2のセーフティネット」を張ろうとする動きが広がったのはそのためです。そして、生活保護に行き着いてしまう前にもう一度働き続けることができるような、跳ね戻しの効果をもったネットです。あるいは、ロープがあまりにも細い場合は、第2のネットがいわばロープに絡まり、ロープを補強することで働き続けることができるようにするためのものです。

その1つが、昨年10月1日から始まった求職者支援制度で、職業訓練を受けていただく期間、月10万円程度の給付を出しましょうということです。ただ、これだけでは「第2のセーフティネット」として十分な弾力性、跳ね戻し効果を発揮できないでいることもありますし、そもそも雇用の機会がない。職業訓練を受けても、狭い意味での技能だけではなかなかすぐ働けないわけです。

たとえば、住宅がないまま就労や経済自立を果たすのはなかなか難しい。あるいは、家計が破綻して多重債務があるなどという場合もある。つまり、狭い意味での公共職業訓練等で実現されている技能訓練以外に、「第2のセーフティネット」として、やらなければならないことがたくさんあるわけです。また、働く上でのさまざまなリテラシーというか、時間をきちんと守るとか、コミュニケーションスキルを備えるといったようなことも必要になってくる。

こうした条件をきちんと提供し、みんなが働き続けることができるような条件づくりをしていこうというのが、今度の『生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会』が実現しようとする「第2のセーフティネット」の中身です。

生活保護は大切な制度ですが、人々の幸せとは社会にきちんと参加して、自分の能力を発揮し、つながりをつくっていくことです。そこをきちんと実現するための「第2のセーフティネット」の拡充、再編こそが今の貧困、孤立化の問題に対する一番大事な処方箋であると思っています。