子ども・現役世代・高齢者それぞれのリスクと展望

第2部:パネルディスカッション

子ども・現役世代・高齢者それぞれのリスクと展望

菊池 まゆみ 氏

菊池 まゆみ 氏藤里町社会福祉協議会会長
社会福祉士
精神保健福祉士
主任介護支援専門員

藤森 克彦 氏

藤森 克彦 氏みずほ情報総研主席研究員
日本福祉大学福祉経営学部教

湯浅 誠 氏

湯浅 誠 氏法政大学現代福祉学部教授

宮本 太郎 氏

宮本 太郎 氏中央大学法学部教授

渡辺 真理 氏アナウンサー

1. リスクが高い3つのステージ


宮本 太郎 氏

書籍『転げ落ちない社会』で書いている転げ落ちない社会の設計の仕方は、先ほど湯浅さんと議論した働き方、住まい方の新しいかたち、所得を補完する新しい所得保障のありようというのが一つです。

もう一つは、そのような包摂の場にいろいろな人をつないでいくために、ターゲットを定める必要があり、それが、リスクが集中している子ども時代、若い世代、高齢期の3つのステージです。

子ども時代は貧困の連鎖が深刻です。 若い世代は元気で当然と言われがちですが、実はリスクまみれの時代です。諸外国では、若い世代は「ベーシックインカム」ではなくて「ベーシックキャピタル」、すなわち、人生を生きていくためのまとまった資本を提供するべきだという提起が出ています。

また、ブルース・アッカーマンというアメリカの憲法学者によって、「21歳のすべてのアメリカ人に8万ドルを給付し、人生のリスクが集中している世代を、事業を始めるとか大学院へ行くなどでなんとか乗り越えてほしい」という提起すら出てきています。「若者年金」という言い方ができるかもしれません。高齢期は年金受給が不安定化していきます。

この3つのステージをどのように支えていくのかが、このディスカッションのポイントになります。

渡辺 真理 氏

いま宮本様がおっしゃった3 つのステージをめぐって、パネリストの皆様からそれぞれご専門についてお話をお願いしたいと思います。

宮本 太郎 氏

湯浅さんは最近取り組まれている子どもの問題について、菊池さんは幅広く活躍されている中で、特に画期的なアプローチをされた若者のひきこもり問題について、藤森さんは最近特に研究されている高齢者問題についてお話をお願いします。


2. 第1ステージ:子どもの貧困の現状と展望


渡辺 真理 氏

まず「子どもの貧困」といっても多くの問題があり、根深いものだと思います。湯浅さん、ガイドラインから教えていただけますか。

湯浅 誠 氏

最近子どもの貧困について積極的に発言するようにしています。私自身はホームレス支援が出発点なので、言ってみれば大人の貧困について取り組んできました。でも、貧困の問題には大人も子どもも関係ないということで、最近は子どもの貧困についても取り組むようになりました。

また、子どもの貧困というテーマは、深刻さとともに、大きな可能性も持っていると思っています。子どもの貧困は、大人のように「自己責任だ」ということで話が止まってしまうことがありません。そこが大きなポイントだと思っています。子どもの貧困というテーマによって、貧困問題そのものが、日本において次のステップへ進むことができればいいなという思いを持ちながら、子どもの貧困問題に関わっています。

私は、現場が政策を引っ張ると考えていますので、子どもの貧困問題についても、現場のさまざまな取り組みをクローズアップするという関わり方をしています。最近は、特に注目されることの多い「子ども食堂」の広がりなどについてコミットしています。

相対的貧困状態にある人は全体で約2,000万人です。そのうち、0歳から17歳までの子どもの貧困を所得で見ると、280万人(13.9%)です。280万人というのは東京都と千葉県の0歳から17歳全員を足したぐらいの数なので、結構なボリュームです。 

しかし、餓死するような子もいる一方、相対的貧困状態の上のほうは、飢えているわけではありません。その意味で見えにくい貧困です。大人の貧困も同じで、見えにくいという問題があります。見えにくいけれど、実際は生活上のリスクや将来に不安を抱えていて、潜在的な能力を十分に発揮できないような青年期、大人期を過ごしかねない状態です。そうなると貧困の連鎖も止まらなければ、少子化も止まりません。少子化が止まらなければ年金も維持できません。経済成長もしません。このように、社会全体に影響が波及していきます。したがって、そこは手当てされる必要があり、未来への投資としてこの問題にコミットしていくべきだということです。

この問題に対する支援は、民間では主に2本柱で行われています。 一つは学習支援です。それは親の経済格差が子どもの教育格差と連動してしまっているからです。昔は経済的に厳しくても教育熱心な親がいたと言われていますが、今は経済的に余裕のある層がより教育熱心で、教育投資も盛んです。そして経済的に厳しい層は教育に対してあまり熱心ではありません。このように格差が一体化・全体化してきているので、所得格差と教育格差は同じバロメーターで動きます。そこに、居住格差など他の格差も結びついてきます。

経済的に厳しい家庭は進学機会も阻まれることになります。 例えば、とても優秀な成績で特に絵が得意で、静物画では文部科学大臣賞をとっているような小学生が、生活保護家庭だから大学に行けないということがありました。これは社会の損失であり、そのような子が活躍できるような世の中のほうが、私たちにとってもメリットがあります。そこで、学習支援です。これは2013年にできた生活困窮者自立支援法で、任意事業ではあるけれど国の政策です。今、全国の約半分の自治体が学習支援に取り組んでいます。沖縄の離島の無料塾は大学進学率8割など、一般の塾よりも成績が良いというところも出始めています。

もう一つが「子ども食堂」です。こちらは、学習支援で勉強を教える自信はないけれど、食堂ならばできるということで、特に地域の女性たちが反応されました。昨年の『朝日新聞』の調べでは約300ヵ所でしたが、今は500ヵ所ぐらいになっていると思いますので、この2、3年で急激に増えています。例えば滋賀県は「こどもの笑顔はぐくみプロジェクト」を今年から始めています。目標は3年間のうちに「子ども食堂」を滋賀県だけで300ヵ所まで増やすということです。滋賀県だけで300ヵ所になったら、全国では1,000件以上になるでしょう。

「子ども食堂」とは具体的に何をしている場所かご存知でしょうか。ご飯を食べさせるだけの場所ではありません。貧困家庭の子だけを集めて食事させると言われたら貧困家庭の子は行きづらいので、貧困家庭の子だけを集めるのが目的でもありません。子ども食堂は、なるべく対象は限定せずに、かなりのウエイトを「地域づくり」に置いています。

大人も子どもも地域の衰退しかけた交流を促進しようと、貧困対策プラス地域づくりとしての側面を持っているのです。埼玉県で子ども食堂の調査結果が出ましたが、8割の子ども食堂が子どもの対象を限定していません。さらに7割の子ども食堂が、大人も利用できるようになっています。

子ども食堂での大きな目的は一緒に食卓を囲むことです。食卓を囲み話す中で、例えばマイナスメッセージを親から受け続けている子がいて、そういう子が「普通にしゃべっても怒らない大人がいる」ということを初めて知ったりします。そういう新たな気づきを提供することで、それが価値観を広げたり、人生の選択肢を増やしたりすることになります。


図1

渡辺 真理 氏

図1は「子ども食堂」のイラストでしょうか。

湯浅 誠 氏

そうです。「子ども食堂」というと、貧困家庭の子どもを集めてご飯を食べさせる場所と思われがちなので、そうではないということを示すために全国ツアーをやっていまして、図1はそのシンボルイラストです。車椅子の方が写っていたり、高齢者の方が子どもをあやしてくれていたり、外国籍っぽい親子がいたりと、ごちゃまぜの空間をイメージしています。

私が6月頃に沖縄の名護の子ども食堂に行ったときは、調理室で子どもと大人が一緒に調理していました。調理をしていた大人は、高級ホテルのリッツ・カールトンのシェフたちでした。一緒に調理すると、子どもは調理師という仕事が世の中にあって、格好いいと思ったり、自分も調理師になろうと思う子が出るかもしれません。 子ども食堂は、そのような体験を提供する場でもあるのです。

また、特に1人親家庭だと、親が仕事を掛け持ちしていて、家で話す時間がほとんどないとか、親に甘えたいのに甘えられない子どもたちがいます。そういう子でも、子ども食堂に行けばちゃんと相手をしてもらえます。そうした取り組みが地域の女性たちを中心に広がっていて、そこに補助金を出す自治体なども出始めています。

これが最終的にどう落ち着いていくのかはまだわかりませんが、私は地域の多世代交流型拠点とか共生型地域づくりのソフトインフラになっていくといいと思っています。子どもの貧困対策でもあり、多くの人たちがこぼれにくい地域づくり、そうしたものに資する存在になっていくことが望ましいし、そうしたところを目指していきたいと思っています。

もちろんそれだけですべてが解決できるわけではありません。第1部で話した問題も含めて多様な問題がありますが、現場から諸制度を引き寄せていく、あるいは、子どもの貧困というところを1回くぐって、そこからもう1回大人の貧困を見る。そのようなことが、貧困問題を次のステージに進めていくために必要なプロセスではないかと思っています。

渡辺 真理 氏

現状と、2本柱の対策を話してくださいました。一つ伺いたいのですが、数字の上では好景気が続いているという話もありますが、湯浅さんが子どもの貧困に注目されて以降、子どもの貧困は少しでも改善しているのでしょうか。

湯浅 誠 氏

この問題については、かなり深刻な状態になってから世の中が気づいたので、かなり厳しいです。ただ、その中でも取り組みが広がっていることは希望だと思っています。

また、子どもの問題なので、やり始めても成果はすぐには出にくいわけです。本当の意味で成果が出るのは、その子たちが30~40代くらいになったときに、自分たちの子どもとどのように接するかだと思います。そこが本当の意味で貧困の連鎖を断てるかどうかの際きわになると思います。したがって、子どもの貧困問題は、20年、30年スパンで考えていくべき問題だと思っています。教育は国家百年の計と言われますが、この問題も長い視点で考えていくべきものだと思っています。

宮本 太郎 氏

「子ども食堂」が急激に広がっているのは期待が持てますが、子どもの施策ほど縦割り、細分化されている分野はないと思っています。「子ども食堂」はどこが所管しているのかわかりませんが、それを学習支援につなげていくときには、教育委員会系と困窮者自立支援制度の学習支援があります。それから児童相談所という自治体系もありますし、児童扶養手当の雇用均等・児童家庭局の系列の制度もあります。

私は先日、東京都北区の子ども食堂に行きましたが、学習支援も始めていました。非常にいいパターンですよね。 「子ども食堂」だけで終わらせるのではなくて、学習支援とか、さらには親の問題に結びつけていかなければいけません。しかし、この場合は対象が厳格に区別され、就学援助を受けている所得以下の世帯しか対象にできません。子どもたちがわいわい集まっている中で、慎重に、和を乱さないように、傷つけないようにより分けて、学習支援を始めなくてはならないので、本当に苦労しています。

あるいは高知市のように、「チャレンジ塾」といって、生活保護を受けている子、就学援助ぐらいの家庭の子、一般世帯の子に普遍的に学習支援をしています。一般世帯の子に学習支援をやってもどこからも補助金は出ませんので、高知市が自らお金を出しています。これは例外中の例外です。この縦割りの中でその可能性をどうやって広げていったらいいのでしょうか。

湯浅 誠 氏

あまり考えないことだと思います。厚生労働省から「あなたたちが労働と福祉の接点をつくったから、旧厚生系と旧労働系が話し合わなければいけない場面が増えた」と言われたことがあります。「子ども食堂」も同じようにごちゃまぜになると、自治体の人たちは、どこで所管するのかということで、とても困ります。それによってあわてるし、押しつけ合ったりしますが、そのプロセスが大事とも言えます。そういうことをあまり考えてしまうと、かえって縦割りを自分たちに内面化して、先取りして整理しようとしてしまいます。あまり考えないで現場から出発して「こうやっている」と投げたほうが、どう受け止めるか考えるときに縦割りが少し溶けたりします。そういう効果が実は大きいのではないかと思っています。