知恵とガバナンスの危機

―数週間前に「サンデーモーニング」を拝見していて、寺島先生が、安倍総理の外交政策について、海外からそれをどう見られているかとコメントされたのが印象に残っています。同じような趣旨で、今の日本の復興の状況として2年間経過して、海外はこれをどのように見ているのでしょうか。

特に台湾あたりは、それこそ二百何十億という義援金を送ってくれて、東北復興のシンポジウムをやったら満席になっている。こちらが恐縮してしまうぐらいです。現状の報告を涙ながらに聞いています。そういう人たちが、さぞかし日本人は力を見せているだろうと期待しているうちが花です。2年たったから遅すぎるというわけではない。内向き志向と自己利益と枠組みの中に閉じこもり、いま私がここで語ろうとしているような、大きな新しい実験にも近いようなプロジェクトに立ち向かっていこうという目線をどんどん失いつつある。それでいて内向きになっているものだから、やたらに絆と連帯だけをうたい上げることで自己満足している。そういうことではないかと本当に思います。

期待のあるうちが花で、外はまだ日本について、大変な技術を持っている国だと見ています。私は今年に入って2度もシンガポールに行っていますが、シンガポールという国はないないづくしの国です。なぜなら、産業基盤もない、工業生産力もない、資源を産出する力もない。人口もない。土地の面積すらない。淡路島程度の面積です。しかし、1人当たりのGDPが昨年5万5000ドルを超した。日本はこれだけのポテンシャルを持っていながら、3万7000ドルに張り付いて動かないわけです。

シンガポールは見事なまでに日本の技術を引き寄せ、国づくりに生かしています。いってみたら、だいたい動いているものの技術はほとんど日本です。例えば、マーライオンという観光スポットがあるけれども、かつてはマーライオンが、海に向かって海水を吐き出していたのが、吐き出している水が淡水になったわけです。目の前にあるのは海に見えるけれども、囲い込んでいる巨大な池です。淡水湖にした。可能にしたのは、日本の技術です。日本の海水淡水化技術で淡水湖をつくった。シンガポールの弱点だと誰もが指摘していたことを克服していっているわけです。つまり、マレーシアに水資源の首根っこを押さえられていることがシンガポールの弱点だと言われていたのが、あっという間に、そうやって日本の技術と人材の力、資金の力も取り込みながら、自分たちの国に役立てている。

日本のいま置かれている問題は、そういう面で知恵とガバナンスに欠けているということが最大のポイントです。 なぜプロジェクト・エンジニアリングを主張するかというと、知的セクターを劣化させてはいけないと思うからです。日本が繁栄の中で、大学院卒業者を10万人も生み出せる国になったのだけれども、問題はそれらの人たちを生かせる場がありません。
高学歴の博士号を取った女性などの就職は、いま大変困難です。私はたまたま知的セクターで仕事をしています。シンクタンクを率い、シンクタンクと大学、つまりアカデミズムとシンクタンクとメディアという日本の知的セクターの中で動いているので、より責任を持って感じるのだけれども、ついこの間までは、博士号を取った女性は、金融シンクタンクで働くことは難しくなかった。しかし、今や金融セクター合従連衡の嵐の中で、シンクタンクはどんどん小さくなっている。野村総研も三菱総研も存在はしているけれども、意味が変わってしまった。つまり、野村が上場企業になった途端に利益責任が株主に対し生じますから、もうかる研究しかできず、コンピューターのソフトハウスにどんどんなっていってしまう。SEの部隊になっていってしまう。野村総研の鎌倉の研究開発部隊は、今はゼロです。みんなコンピューターのソフトハウスです。野村コンピューターと合体させる。

そうすると、ある分野の知的セクターを支えるべき専門家が立つ土台が壊れてきているわけです。これはその土台の問題でもあるわけです。日本を復興させなければいけないというのは、まさにそういう意味も込めている。そういうことです。

―大変貴重なお話をありがとうございました。東北の復興から始まり、日本全体の課題でもあることがよく分かったと思います。

(文責:全労済協会)