救急医療の現場の現実

本田 宏 氏

埼玉県済生会栗橋病院 院長補佐

―救急医療の現状についてお伺いしたいのですが、今年(2013年)の1月も埼玉県久喜市の方が病院になかなか救急で受け入れられず、亡くなったという事件がありました。その原因は、医師不足のため処置困難であるとか、ベッドが満床というような答えが大半でしたが、なぜそのようなことが起こってしまうのでしょうか。

あのような痛ましい事件が起きてしまって、大変残念に思っています。このようなことが起こらないように私は10年以上前より現場から情報を発信してきました。しかし事もあろうに自分の病院に通ってくださる患者さんに不幸な、俗に言う「たらい回し」、受け入れ不能という事態が発生してしまったことは残念で仕方ありません。

私が救急のたらい回しなどに危機感をもって情報を発信してきた最大の理由は、世界と日本の医療をグローバルスタンダードと比較して、日本の医療体制があまりにも貧弱であることに気付いたからです。実は日本の報道の多くは、医療関連のニュースを報道するときにグローバルスタンダードとは一切比較はしません。例えば、日本は人口当たりの医師数が先進国では最低です。OECDの平均医師数は人口1,000人当たり約3人ですが、日本は2人です。つまり、OECD平均の2/3しかいないのです。

3人と2人なら、そんなに変わりがないのではと思われるかもしれません。しかし、日本は世界一の高齢社会で、未曽有の超高齢社会が2025年問題として話題になるくらいです。今後も確実に医療需要が増えていくのです。このような超高齢社会にもかかわらず、医師がOECD平均の2/3しかいない。その上、日本の問題は正確な医師数についてデータを把握していないことです。

先進国の多くは医師数を実働医師数でカウントしています。つまり、80歳や100歳を超えて実働していない医師は、医師数に含まれません。また、アメリカなどでは産休中の女医さんも医師数に入っていません。ところが、日本の場合、大ざっぱに言うと、医師免許を持った医師全員がカウントされています。そのため日本の医師数は、高齢者も産休で休んでいる人も全部含めて水増しした上でOECD平均の2/3なのです。

その結果、日本の現場の勤務医は大変な過重労働の上に一人何役もこなすことを余儀なくされています。例えば救急医療現場も医師不足のため、救急専従医もすごく不足しています。日本はそれこそ3次救急と言われるような施設でも救急専従医がいない所があって、一般病院には救急専従医がほとんどいません。残念ながら現在は、私の病院にも救急専従医が不在のまま、365日救急患者さんを受け入れています。

このような状況ですから、1人の医師が当直明け間もないままの長時間労働に加え、自分の専門外の救急も担当する。当然、真夜中に自分の専門外の患者さんについては、簡単に言えば責任を持って診られないわけです。専門外のために診断や治療が遅れれば、患者さんが亡くなる危険性があるのが救急医療だからです。それが専門外で診られない理由です。もちろんベッドがいっぱいの場合も入院しての治療ができませんから診られないという事態が生じてしまう。

世界の経済大国と言われながら、医療費抑制を優先課題にして医療費も先進国最低、医師数も先進国最低にした結果が、今年の1月に起きた救急患者さんのいわゆる「たらい回し」の真相です。

医師の勤務時間についてはフランス、イギリス、ドイツなどの海外と日本を医師の年代別に調べた調査があります。日本では20歳代から59歳まで医師の一週間の平均労働時間は60時間以上、一方日本以外は週に60時間以内でした。さらにヨーロッパでは70歳以上の医師の労働時間調査がないのに対して、日本は80歳以上の医師の平均労働時間が週30時間でした。恐らく外国では70歳以上の医師は引退していると思われますが、日本は80歳以上の医師も医師数にカウントされていることが判明しました。高齢医師まで含めても、医師数がOECD平均の2/3ですから、現場は大変なはずです。

医師だけでなく他の職業でも、徹夜をした翌日に仕事をしたらミスを起こしやすいですよね。以前テレビ局のアナウンサーの方にインタビューを受けた時にそういう話をしたら、「われわれも徹夜後だったら、原稿を読み間違えます」と納得されていました。

ここで重要なことは、勤務医の過酷な労働実態や医師不足問題は医療者だけに留まらず、患者さん、国民の方にも直結する深刻な問題だという事です。社会的問題となっている、救急の受け入れ不能や医療事故はその氷山の一角なのです。患者さんの視点で貧弱な医療体制を改善しようという問題意識がないと、医師不足解消という方向には向かわないと思います。