医師不足の背景と医療費抑制

―先生のおっしゃる医師不足ですが、歴史的にみればどのような経過でそのようになったのでしょうか。

日本でも1950年代から現在まで、人口当たりの医師数は増加しています。1970年代には無医村が問題とされ、無医村解消を目的に、1県1医科大学として医学部新設が実施されました。最後にできたのが琉球大学です。

しかし1980年代初頭に、臨時行政調査会の土光敏雄会長が「コメ、国鉄、健康保険」を3Kと称して、この赤字が将来日本の経済発展の邪魔をすると答申しました。それを受けて1983年に厚生省保険局長が自身の論文で「医療費亡国論」を提唱し、経済界と厚労省が一体となって医療費抑制に動くことになりました。

その当時は困ったことに、世界的にも医師が増えると医療費が増えると考えられていた時代でした。ただその後、医師増加と医療費増との相関関係は少ないことが証明されました。医療費増には、医療の進歩、例えば高額な抗がん剤やMRI等の高額医療機器などの関与が大きいことがわかってきたのです。しかし、日本は「医師が増えると医療費が増えるから医師を減らそう」という方針を見直すことなく、せっかく1県1医科大学で増えた医学部の定員を減らしたのです。

日本でも医師は増えていますが、世界はもっと増やした。その結果、世界と大きな乖離が生じてしまったわけです。

―いま先生がお話しになられた医療費亡国論ですが、今はそういう主張をする方はほとんどいらっしゃらないと思うのですが、どうでしょうか。

とんでもない、今でもたくさんいます。他の先進国は高齢化とともに医療費は上がっているのに、日本の医療費は先進国最低レベルです、それは日本だけ医療費を抑制に次ぐ抑制をしてきたからです。これは厚生労働大臣の諮問機関、中医協(中央社会保険医療協議会)が診療報酬改定作業の中で、公定価格の医療費を抑制し続けてきたからです。

今回社会保障充実のためとして、社会保障と税の一体改革が進められていますが、予想通り消費増税を先行して国民負担を上げる一方、医療や社会保障の充実にあてられるのはほんの一部です。そして国土強靭化、新東名高速道路、五輪、リニア中央新幹線等の公共事業にドカっとまわそうとしていると見受けられることも、医療費亡国論という考え方が残っている表れではないでしょうか。

私は国にお金が余っているなら公共事業も賛成です。しかし本当に未曽有の少子・超高齢社会を目前に、国民負担だけ増やして先進国最低の社会保障予算をさらに削減でいいのでしょうか。