医療の不確実性と国民理解の重要性

― 一般の方からすれば、医者にかかったら治してくれるのが当たり前だと思うけれども、実際は、医療に関しては不確実性があるということですね。現職の医師から見て患者に理解してほしいことは、何でしょうか。

アメリカで多くの医療事故を分析して『人は誰でも間違える』という書籍が出版されました。医療事故の背景には、現場の人手不足など提供する医療者側の問題だけではなく、患者さん1人一人の状態が全然違うという事情も関係しています。年齢も持っている病気も違う患者さんに個別の治療をしているわけです。当然ですが、治療開始時期、その人の体調、その人の病状等によって、治療の結果が違うのは当たり前です。私は外科医ですが、例えば胃がんの手術をするときでも、早期の胃がんの場合と進行した胃がんの場合とは全然違うのです。

ただし、そういう医療の不確実性がほとんど一般のメディアで取り上げられることはありません。日頃はたばこを吸うだけ吸っておき、お酒を飲むだけ飲んでおき、「さあ、治してくれ」ということが実際にあるのです。(笑)

そのような健康教育も含め、きちっと日本の国民に健康や医療関連の教育をしていく必要があると思います。いざ自分や家族が病気になって困ったとき、命が危うくなったときに、貧弱な医療体制に驚いて、目の前の医師を責め、医療機関を訴えても、何も始まらないのです。日ごろからもっと関心を持ってほしいですね。

私はこの医師不足を訴える活動を通して公民権運動のリーダーであったマーティン・ルーサー・キングさんの言葉にすごく感銘を受けました。「世界最大の悲劇は悪しき人の暴言や暴力よりも、善意の人の沈黙と無関心だ」です。日本人も考えないといけない。先ほど言いましたように未曽有の超高齢社会で、これから医療・介護需要が爆発的に増える。このときに、それでなくとも少ない日本の財源をどこに使うのか、一生懸命1人ひとりが考えないと、医療だけではなく福祉、介護、保育、教育もよくならないと思います。

―医療の不確実性との関係で、医療の安全ということについて、本来医療行為というのは人の体に危害を加えるものですから、刑罰、刑事責任はなじまないという意見もありすが、先生はどのようにお考えでしょうか。

現在厚労省では、医療事故調査に関する第三者機関の立ち上げを進めていますが、日本では医療事故調査結果を、患者さんに秘匿しない形で報告される形で検討されています。

しかしWHOでは医療事故調査について、航空機事故調査と同様にあくまでも正確に調査をして再発防止を最優先すべきで、個人の責任を問うてはいけないと提唱しています。

夜も寝ないで働いていて、事故が起きたときには調査に協力して包み隠さずに話した結果、調査結果が公表されて、自分の罰を問われるとしたら、正直に全てを話せるでしょうか。今のままでは犯罪人にさえ認められている黙秘権が、医師や医療者には認められない状況が生じてしまいます。

グローバルスタンダードを無視した事故調査機関が設置されれば、日本の医療が大きく破壊される危険性が高いと思います。そのために私は一生懸命現在厚労省が目論んでいる医療事故調査委員会案には反対しています。

―最後の質問になりますが、子宮頸がんワクチンについて、マスメディアが副作用が出た方をかなりクローズアップして報道しています。ところが、一方では子宮頸がんで亡くなる方が毎年2千数百人いらっしゃいます。一般市民が予防接種の効果やリスクを正確に理解して判断することは難しいとは思うのですが、どのように考えればいいでしょうか。

子宮頸がんワクチンの報道に関してですが、先日その専門家の先生の講演をお聞きしました。その先生によれば、最近メディアがかなり勉強してくれて、以前とは違ってきたと指摘されていました。今まで日本のメディアは、何かあると医療事故、何かあるとたらい回し、何かあると副作用としてきました。例えばお酒を飲んで気持ちが良くなる場合と、ひどく酔っ払って体調を崩すことがあります。有害事象というのは、病院の薬だけでなく食べ物でも飲み物でもおこり得ます。今までは有害事象と注意すべき副作用を一緒にして、全てを副作用として日本のメディアはセンセーショナルに取り上げてきたのです。

医療事故もそうです。機材等のシステムの問題が原因か、人手不足による疲労が大きく影響したのか、患者さんの体質の違いが影響したのか等を考慮せずに、単純に「医療事故」と決めつける。たらい回しも救急医がいないのに「たらい回し」と非難する。私はメディアを単に批判するつもりではないですが、もっと冷静に問題の背景に迫った事実を建設的に報道してもらいたいと思います。

昔は感染症で何万人も亡くなっていましたが、その感染を防止するために、ワクチンが開発されたという歴史的経過があります。予防接種によって全体の感染症を抑え込んで国民の健康を守ってきたのです。しかし大変残念ですが、ワクチン接種後に具合が悪くなる等一定の有害事象があることも事実ですが、ワクチンのメリットとデメリットを比較して、接種によるメリットが大きい場合に施行されているのが現状です。

なぜ世界でワクチンが用いられているのか、そのメリットは、受けないときのデメリットは、その基本的な情報を発信した上で国民の理解を深めていく。その際にはグローバルスタンダードと比較しながらわれわれの取るべき道を考えていかないといけないと思います。

今日は長時間、どうもありがとうございました。